戦闘機は殺人機
この度、百里基地で航空祭が行われ、盛り上がりを見せたとの報道を観て、いつも思うのは戦争があった事だ、
無差別に殺し、殺され、見ず知らずの者同士が殺さなければ自分が殺される、殺される前に殺す。
何の恨みもない者同士が殺し合う、それが戦争。
中にはその戦いを利用して気に入らない者を殺した者もいる。
同じ部隊の中でそんな事が起きていたのも事実として語り継がれている。
映画だけの世界ではなく、想像できない事が起きるのも戦争である。
戦地に送られ、帰還した者たちは戦地で起きたことを語らうとしない。
それは人間として生きていなかったからです。
戦場に行けばもはや人間ではいられないのです。
航空祭を見て楽しくはしゃいでいる子どもらを見ると、何も知らない、感じないって恐ろしいものだと思うばかりです。
忘れた頃にやって来る、戦争も大災害も、、
戦闘機を飛ばして遊んでる場合か!
そんなもので飢えは防げない。
空腹は満たせない。
食べ物がなくて餓死した多くの兵隊たち、戦うより空腹でそれどころじゃなかったのです。
戦争を指揮する者たちはそんな苦しいこともなく、空腹に苦しむことも、シラミをわかすこともなかった。
戦争は多くの国民が国のためと言う奴隷になることです。
そこに人権はありません。
そんな戦争を望みますか?
平和憲法9条をなくし、戦争できる国を望みますか?
戦争に強制的に行かされるのは若者たちです。
悪い事でも法律で決められたら従うしかない。
それが徴兵制赤紙だったのです。
自治体も国の手先となり、強制的に若者たちを親より先に死ぬ戦争に行かせたのです。
万歳、万歳と戦場に死に行く若者たちを送り出したのです。
まさしく気狂いの沙汰である。
現代の若者たちが何を考えているかなんて分かりませんが、大人たちにはどれだけ戦場が悲惨で愚かな事なのか、伝えて行く役割があるんじゃないかと思うのです。
いろんな大人がいますが、何事も政治で決められる、どうか無関心でいないでください。
もっと政治に関心を持ってください。
どんな未来にするのか?
すべは政治の中身で決まって行くのです。
