緑のお医者の徒然植物記

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緑のお医者の徒然植物記

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2026/05/06

自然に自生するケシの花 No.839

 アツミゲシ(セティゲルム種)

アツミゲシは地中海沿岸原産の帰化植物でケシ科ケシ属の一年草

和名は1962年に愛知県渥美半島の沿岸部において、日本への帰化が発見されたことに由来する。

近年、アツミゲシの繁殖が自然界で多く確認されている。

アツミゲシはケシやハカマオニゲシと同様に許可のない栽培や所持、譲受などが「アヘン法」で禁じられている植物です。


アツミゲシは繁殖力が強く、空き地や道端に雑草として自生していることがあります。

アツミゲシは、麻薬の原料となるモルヒネを含有しているため、日本では栽培等が禁止されています。



「アツミゲシの紫花、栽培禁止植物」





「アツミゲシの赤花、栽培禁止植物」



ケシ(ソムニフェルム種)の栽培歴史は古く、紀元前500年頃と考えられています。

日本のケシは英語のポピーと同義とされるが、ポピーと言えばイギリス各地に自生する園芸種として栽培されている「ヒナゲシ」コーン·ポピーを指します。

芥子(けし)と言う表記は本来、「カラシナ」を指す言葉であるが、ケシの種子とカラシナの種子がよく似ていることから、室町時代中期に誤用されてさ定着したものとされています。

日本ではオピウム·ポピーなど、オピウム産生植物はアヘン法で栽培が禁止されている種に指定され、オピウムはアヘン、麻薬と言う意味である。

日本へは室町時代にポルトガル人により、インドから薬用として津軽地方に伝来したとされ、江戸時代には「一粒金丹(いちりゅうきんたん)」などの腹痛、下痢止め薬として重宝されていました。


同様に栽培が禁止されているハカマオニゲシ(グラクテアツム種)は多年草で、植物体の乳汁中に高濃度の麻薬性のケシアヘンアルカロイド、テバインを含むため、日本では麻薬及び向精神薬取締法により原則栽培が禁止されています。

オニゲシは栽培可能であるがハカマオニゲシに非常によく似ています。




「ハカマオニゲシ、栽培禁止植物」

オニゲシとハカマオニゲシの違い

つぼみの毛の向きと花の根元にあるハカマ(苞葉)の枚数が違う。

オニゲシにはハカマは通常なし、または1〜2枚、ハカマオニゲシには花の下に4〜6枚のハカマがしっかり付いています。

オニゲシには黒斑点がない、または薄い場合があり、ハカマオニゲシは花びらの基部に明確な黒紫の斑点があり、鮮やかな深紅(赤)色の花の色のみです。

オニゲシには、赤、オレンジ、白、ピンクなど多くの花の色があります。

オニゲシの葉は鮮やかな緑色でつぼみの毛は直立しているが、ハカマオニゲシの葉は黄緑色で幅が広く全体に毛が多く、つぼみは寝伏している。

ハカマは花と花の集まりの基部にある葉が特殊に変化した部分であり、主につぼみを保護する役割を持ち、成長すると落ちるものが多い。

ポインセチアやハナミズキ、ブーゲンビリアのように花弁のようにか色づいて虫を呼び寄せる役割を持つ植物も多い。


アツミゲシは4月から6月頃に開花し、成熟した「ケシ坊主」と呼ばれる果実が約1㌢ほどの小さな種子を大量に周囲散布します。

非常に軽い種子は風に飛ばされたり、雨水で流されたりすることで遠くまで運ばれ繁殖します。

また、動物や人間が移動する際、靴の裏やタイヤに付着して運ばれることも多い。

アツミゲシは国の独占管理植物です。


繁殖群生地を見かけたら採取や抜き取ったりせず、各地方厚生局麻薬取締部や保健所、または警察署へ連絡することが重要です。

保健所や警察署に於いては、学名の種小名に由来する「セティゲルム種」と呼ばれることが多い。


同じくケシ科の植物にナガミヒナゲシがある。


ナガミヒナゲシは禁止植物に指定されていないが「アルカロイド性」の有害物質が含まれているため、素手で茎を触ったり、折ったりするとかぶれてしまうので注意が必要です。

指が水膨れ状態になりなかなか治りません。




「ナガミヒナゲシ」



ナガミヒナゲシ種は、空き地や道端、住宅の庭などあらゆる場所に多く自生し、繁殖力が強い。

参照ブログ
ナガミヒナゲシNo.687















2026/05/02

国是を無視した政権自民党 No.838

 死の商人産業国家

国是とする武器三原則を無視し、殺傷能力のある武器を輸出しなければ経済成長できないと閣議決定してしまった高市政権。

憲法改悪案も無視できない。

平和憲法を改悪し、国民主権を破壊する戦後最も横暴で危険な独裁的政権により、国会軽視の下無法政権の暴走が始まった。

他国は様変わりする日本の体制に注視する必要がある。

侵略戦争の反省も謝罪もしない日本の姿が今一番強く示されている。

帝国軍人の血が引き継がれた輩によって、再び紛争、戦争を望んでいる。

安全保障された憲法を改悪しようとしている輩たちによって、日本は再び危険な道に進もうとしている。

それは米国従属の下、都合のよい解釈を行い無法に始まって行くだろう。


武器輸出三原則(1967〜2014年)の定義は、1967年4月に佐藤栄作首相が表明し、1976年に三木武夫内閣が「その他の地域」への輸出も慎むと表明し、事実上全面的に武器輸出を禁止しました。

武器輸出を認めない対象となった3つの地域は、共産圏諸国向けの場合と国連の決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合や、国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合とされ、平和国家としての日本の立場を堅持し、国際紛争を助長することを回避する憲法9条の理念に基づく「国是」として運用されていました。

ところが2014年に「防衛装備移転三原則」へ転換され、その後殺傷武器の完成品輸出も一部解禁されました。

従来の武器輸出三原則を2014年4月に撤廃したのは安倍晋三内閣であり、防衛装備移転三原則を制定した内閣でもある。

2023〜2024年の岸田内閣が防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷能力のある武器の完成品について、ライセンス元への輸出や、共同開発への直接輸出を解禁した。

武器輸出三原則は、「事実上の武器輸出禁止」を目的としていたのに対し、防衛装備移転三原則は、「厳格な審査のもとでの限定的な輸出解禁」を目的としているが、厳格な審査を誰が行えるのか?

内閣の意向でいかようにでもなるのではないだろうか。


新三原則(防衛装備移転)では、ライセンス生産している装備品の完成品輸出が、米国などのライセンス元へ可能となった。

この変更により、日本は防衛産業(死の商人)の強化と言う名目で、同盟国、同志国との連携を深める方針へ大きく転換しました。

これにより、戦闘機や護衛艦などほぼ全ての防衛装備品の輸出が可能となり、戦後平和主義の大きな転換点となった。


殺傷能力武器輸出で経済成長しかない落ちぶれた日本の未来か!

殺傷武器の輸出解禁により、日本の平和国家としての理念が失われる。

輸出案件は国会への「事後報告」となるため、歯止めがきかないものとなる。


国民主権無視の暴走高市政権の姿だろう。


日本弁護士連合会や市民団体は、武器輸出の拡大が憲法9条が揚げる恒久平和主義や国際紛争の助長禁止に違反すると反発しています。

憲法9条改正を狙う高市内閣により、平和憲法が破壊されようとしている、

自民党政権は防衛産業製造に伴う利権として大企業から献金を受け取る公算である。

防衛予算は国民から吸い上げ、経済成長でも国民に還元されることはありません。

誰たちのための経済発展か。

国民主権を認めない高市政権によって憲法9条が削除され、平和国家を投げ捨てようとしている。

国際法も理解しない戦争国家アメリカトランプ大統領に従属する高市政権によって、日本は再び危険な道を暴走する可能性がある。


そもそも安保条約は憲法違反であり、都合のいいように正当化した条約である!




5月3日、憲法記念日に東京臨海広域防災公園に集まった五万人の人々。

日本国憲法施行79周年、憲法守り生かそうという行動が全国各地で取り組まれました。

憲法改悪絶対反対!

憲法守れと声をあげました。

戦争する国家として進んでいる日本!

憲法は国家、権力のためにあるという高市首相は、そもそも憲法を厳守しなければならない立場を理解しない、反逆者である。

憲法はアメリカから押し付けられたものだとして、日本独自の憲法が必要だと都合のいい解釈をしているが、そのアメリカに一番従属しているのが自民党そのものである。

始めから憲法を厳守する気がないのである。

そんな者が国会議員として存在する日本の政権である。

それが異常とも思わない支持者、自民党は国民主権を否定する政党である。

国民に主権があるのは間違いと言っている政党である。

憲法無視は当然のような政党なのです。

そして、日本国憲法をいち早く破壊しようとしているのが現在の高市首相その者なのです。










2026/03/16

日本の経済産業の変換 No.837

 防衛力名目の経済産業変換

戦争しながら発展する経済への転換

現、高市政権は、国是である非核三原則の「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を撤廃し、核兵器を保有する狙いがある。

核兵器廃絶の先頭にも立たない被爆国としての逆行である。


出典:日本共産党より


日本の大企業は軍需産業で経済発展しようと動き出している。

財界の意のままに改定がなされ、政治そのものが意味をなさなくなる。

大企業の死の商人化である。

アメリカ型の経済産業発展と言えるだろう。

国民の生活は困窮をさらに極めていくだろう。

ある一定の国民以外は軍需産業に伴う経済発展下では、なんの恩恵も還元も受けない。

経済を牛耳る層に属しない国民は、財源となる税金を搾り取られるだけの操られた奴隷でしかありません。




「1990〜2024年度」

出典:日本共産党より



「2000〜2026年度」

出典ま:日本共産党より

どんどん増えていく軍事費。



貧困層国民は、見捨てられた存在となって行くことは間違いありません。

武器輸出三原則

武器輸出三原則は、1967年に佐藤栄作内閣が表明した共産圏、国連決議で禁止された国、国際紛争の当事国への武器輸出を原則禁止する政策で、1976年には三木武夫内閣が、他の地域への輸出も慎むとしたため、実質的に全面禁止の形となった、日本の安全保障政策の根幹でした。

ところが2014年、安倍晋三内閣は従来の「武器輸出三原則」を廃止し、新たな指針である「防衛装備移転三原則」を制定しました。

これにより、国際協力や防衛装備品の共同開発などを目的に限定的な条件下で武器の輸出が可能となった。

2026年現在、自民党は防衛装備移転三原則の軍用指針を見直し、「殺傷能力のある武器を含む完成品」の輸出を原則容認する方針であり、従来の救難、輸送、警戒、監視、掃海に限定したルール(5類型)を撤廃し、イギリス、イタリアと共同開発中の「次期戦闘機」について第三国輸出のルールを見直し、閣議決定を不要とする案を検討している。


この流れから考えても、将来的に邪魔になるものは撤廃し、際限なく武器輸出が可能になっていくことが伺えます。

アメリカ型の経済産業、軍需産業で経済発展と言う構図が見えてくるのではないだろうか。


今、米トランプ大統領によって戦争する国へと仕立て上げられているのがドイツです。

かつてヨーロッパは平和な国々でしたが、戦争によってズタズタになってしまった歴史があります。

今、再びドイツが戦争と言う考え方に傾き始めている。

アメリカが他国の核開発、保有に強く干渉するのは武力行使、戦争をしかけられる国が少なくなるからであり、対等の核保有を阻止したいと言う狙いがある。


つまり、核保有同士の国では紛争を起こすことが難しくなると言う結果も見えています。

威嚇や脅しが有ったとしても、紛争になることを躊躇する傾向がある。

それは、核戦争に発展すれば、地球そのものが終わってしまうことを核保有国は知っているからです。

北朝鮮がなぜ核保有したいのかと言う理由に一番当てはまる事です。

それが間違ってるのかは誰も証明できない。

それは、持っているものしか核戦争は起こせないからです。

いざ軍事国となれば、核開発、核保有を目指す国になるのはむしろ自然となることだろう。


核保有国が核兵器を無くすことを優先しない限り、核開発、核保有問題は解決することはありません。


これからの計画準備(今後の追記)

アメリカと石油の共同備蓄、共同利用、売却、日本列島の備蓄基地の増設

原油開発










2026/03/08

消費税は一般財源 No.836

 社会保障財源とされる消費税の嘘


消費税は年金、医療、介護、少子化の社会保障4経費の財源とされ、残りの約1割が地方自治体の行政サービス(教育、インフラ整備など)に使われているとされている。

消費税は、一般財源で特定の目的以外にも使える税金として国庫に入るため、法人税や所得税の減税、あるいは借金の返済など他の歳出に融通されているという見方がある。

つまりこのお金には色がついていない。

「消費税は全額社会保障に使われる」と歴代自民党政権は宣伝してきました。

消費税法第一条2項には、「消費税は医療費及び介護の社会保障給付、並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする」と書いてあります。

この条文は2012年8月、野田民主党政権下に書き加えられたもので、当時の民主党は消費税の税率を5%から10%に引き上げようとしており、国民を納得させようとしてこんな条文を書き加えたのです。


だが、これほどおかしな条文はありません。

なぜなら、消費税は社会保障に限定して使われる目的税ではなく、法人税、所得税、酒税などと一緒に「一般財源」として使われているからです。

その証拠は政府自身が毎年発表する「一般会計予算歳出、歳入の構成」をみれば一目瞭然である。




「一般会計歳出」

「一般会計歳入」


出典:財務省財政に関する資料より



消費税は社会保障費だけに使われておらず、防衛関係費、公共事業費、国債費等々にも使われているのです。

消費税は、「全額社会保障に使われている」と言う主張は嘘八百だと言うことが分かります。

それでも歴代政権は、「消費税を減税したら年金が下がる」などと宣伝してきました。

その宣伝を信じる国民の中には、「消費税がないと社会保障が維持できないのではないか」と言う人が沢山います。

消費税が社会保障予算の全てを賄ったことは導入後一度もありません。

消費税が無くても法人税、所得税、相続税、酒税、たばこ税など他の税収を引き上げれば、社会保障予算を賄えるということです。




「表1」


しかし、消費税増税もしながら、その他の税も増税されているのが事実だろう。



社会保障給付を支える主要な財源は国民負担の社会保険料

年金、医療、介護など、国民に対する社会保障給付の財源は、国民が払う社会保険料と国、地方自治体が払う公費で賄われている。

消費税は公費負担のうち、国が払う分の一部を占めているに過ぎない。



「表示2」



消費税が増税されても社会保障給付に充てられず、増えた給付を賄っているのは国民の社会保険料などの負担増と過去に蓄えた余剰金です。

つまり、消費税が増税されても社会保障給付に回らない、国民の負担増によって賄われた事を「表2」は示しています。

では、消費税で増えた税収はどこに消えたのか?

その大半は、大企業法人税の減税と所得税(金融資産)の減税に消えたと言ってよいでしょう。

金融資産とは、現金、預貯金、株式、債券、投資信託など、それ自体が価値を持ち、容易に現金化できる財産のことで、主に金融機関を通して取引される無形資産(権利)を指します。



現政権下では、仮に消費税を増税しても社会保障給付に回りません。

従って、「増税しないと社会保障費は賄えない、少子化対策には広く国民全体が負担する消費税増税が良い」という主張は誤った主張です。




消費税を一般財源に組み込むことで、「何にでも使える税収」にしているのです。











2026/03/05

ハナミズキが落葉する No.835

 ハナミズキ落葉の原因

秋の紅葉シーズンになる前に褐色に変色してほとんど落葉してしまう。

毎年花が咲くのであれば、枯れてしまう心配はまずありません。

落葉の原因は乾燥

暖地では夏の強い日ざしと水分不足で起こりがちな症状です。

ハナミズキの花芽分化期は7月中旬〜8月とされていますが、この時期より前に落葉すると花芽がつきません。

また、花芽分化後すぐに大量に落葉すると秋に狂い咲きします。

そのようなことがなく、毎年春に花が咲くということなら、落葉期は秋口に入ってからで比較的軽い症状と言えます。

夏期の水やりや葉水を頻繁に行うことはもちろんですが、株元の土を柔らかくし、ピートモスや敷きワラなどでマルチングして、その上から十分に灌水して乾燥を防ぐことが大切です。









2026/03/01

自由の女神と言う象徴 No.834

 自由の女神

自由の女神の正式名は「世界を照らす自由」で、1984年ユネスコの世界文化遺産に登録されています。

アメリカ独立100周年(1876年)を記念し、米仏友好の証しとしてフランスから贈呈されました。

1886年10月28日にニューヨークで、グロバー・クリーブランド大統領の出席のもと除幕式が行われ、移住者や観光客を迎えるアメリカの象徴となった。

資金難から制作は難航したが、1884年にフランスで完成した。

その後、350個のパーツに分解され、軍用船でアメリカに輸送されました。

彫刻·設計担当者はフランス人のフレデリック·オーギュストバルトルディ氏

鉄骨骨組み設計者はエッフェル塔で有名なギュスターヴ·エッフェル氏

台座の部分はアメリカ側が資金を集め、リチャード·モリス·ハント(アメリカの著名な建築家)の設計で建設された。






当初は灯台として利用され、20世紀初頭に役割を終えたが、その後アメリカの自由と民主主義の象徴となった。

1924年に国定記念物、1984年に世界遺産


右手のたいまつは自由の光を表現し、左手のプレートは独立宣言書(1776年7月4日)で、足元の鎖、足枷は「抑圧からの解放」を表している。


自由の女神はもともと内戦の終結後の、米国での「奴隷制の終了」を記念することを目的としており、自由の女神のモデルはアフリカ系アメリカ人の女性でした。


アメリカの奴隷制は1619年に、バージニア州ジェームズタウンにアフリカ人が連行されたことから始まり、1860年の国勢調査で奴隷人口は400万人に達していた。

1865年の合衆国憲法修正13条で廃止されるまで、約250年間続いた負の歴史とされている。

最初の黒人奴隷


特に南部で、綿花やタバコなどの大規模プランテーションの労働力として、黒人が奴隷として非人道的な労働を強制されました。

北部では1800年代初頭までに段階的に廃止されたが、南部では農業経済の基盤として残存した。

南北戦争(1861〜1865)の主な要因

奴隷制の存続をめぐり、工業中心の北部(北軍)と農業(奴隷労働)中心の南部(南軍)が衝突した。

1863年、リンカーン大統領が奴隷の解放宣言をし、戦争の目的を奴隷解放に定めて北軍を有利に導いた。

1865年、南北戦争終結後、憲法修正13条により、合衆国全土で正式に奴隷制度が廃止されました。


しかし、奴隷制度は廃止されたが、黒人に対する差別や権利の制限はその後の人種分離方法や、公民権運動(1950〜60年代)に至るまで長期に渡って社会問題として残りました。

自由の女神の足元の引きちぎられ壊れた鎖と足枷(あしかせ)は、抑圧と専制政治の終焉を表している。


その時代の日本の労働環境

1620年(元和6年)頃の日本は、江戸時代初期の頃で徳川幕府の支配体制(幕藩体制)が確立していました。


江戸城建設や大名の屋敷建設など、全国的な建設ブームが続いた時代です。

この時期の労働者環境は、職人を職種ごとに集団で居住させ、幕府の御用を請け負わせていました。

職人町が形成され、神田や日本橋周辺に大工、左官、木挽(こびき·製材職人)などの職人が住んでいました。

現代的な週休制はなく、正月、盆、祭り、或いは地域での年中行事の日が休日となっていました。

労働は基本的に太陽の光に依存し、日の出から日没まで働く長時間労働が標準で、現代のような時間労働制ではありませんでした。

職人は12歳前後で弟子入し、親方のもとで住み込みで修行する年季奉公がいむぱんてきてをあ、この修行期間は休みが正月と盆の「藪入り」のみという過酷なものでした。

12歳と言えば現代では小学6年生に当たりますが、貧困家庭では満足に学べなかった、家族を養う即戦力としての労働が当然化されていたのです。

学びたくても学べないのは現代社会も同じかも知れません。

封建的な雇用関係の中で、非常に厳しい規律や労働を求められた、日本も他国と何ら変わらない時代だったと思います。