緑のお医者の徒然植物記

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緑のお医者の徒然植物記

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2026/05/20

ミニトマト No.841

 トマトの歴史

トマトはナス科の植物

トマトの原産地は南アメリカ、ペルーやエクアドル周辺のアンデス高地やガラパゴス諸島です。

トマトの伝来には諸説があり、メキシコに渡り先住民族(アステカ族など)によって作物として栽培化されるようになったとされています。

16世紀初めの大航海時代にスペインの探険家たちによってジャガイモなどとともにヨーロッパへ伝来したとされ、当初は毒がある観賞用とされていましたが、品種改良や食文化への適応を経て現在のような野菜へと進化しました。


実際には葉や茎に微量の毒素があるが、実に毒があると誤解され、長らく観賞用や珍しい植物として扱われてきました。

食用へ転換されたのは18世紀頃で、飢饉に見舞われたナポリ(イタリア)などでやむを得ず食べ始めたことをきっかけとして、徐々に美味しいさなどが認められていった。

名前の由来はメキシコの先住民族の言葉の「ナワトル語」で「膨らむ果実」を意味する「トマトゥル·Tomatl」がトマトの語源とされています。


日本へは17世紀半ば(1670年頃)の江戸時代に長崎へ伝わったのが最初とされ、日本でも当時は食べ物として扱われず、観賞用や薬用として扱われていました。

唐柿やサンゴジュナスなどと呼ばれていました。

一般的に食べ物として食べられるようになったのは明治時代以降のことで、特にカゴメ創業者である蟹江一太郎氏が、1899年(明治32年)に本格的な栽培、普及に尽力したことが有名となっています。


日本のトマト加工業は、カゴメによって明治41年にトマトケチャップが製造されたのが最初とされています。

実は最初にトマトの加工を手掛けたのは、明治9年にアメリカから帰国した大藤松五郎氏でしたが、加工したトマト缶詰はすぐに腐ってしまい製品化されませんでした。
 
その後加工業は足踏み状態の時代が続いていました。




「ミニトマトの花」



主な野生種

ソラヌム·ペネリー

葉や果実の表面からアシル糖と呼ばれる粘液(糖脂質)を分泌し、虫を寄せ付けない性質があります。

乾燥や高温、ストレスに強いことから品種改良の重要な研究対象種となっています。

ソラヌム·ハプロカイテス

栽培種と遺伝的に離れているが、交配が可能である。

生体防御に関わる有用(害虫忌避成分など)な遺伝子を持っています。

忌避(きひ)とは嫌って避けること


ソラヌム·チェスマニアイ

ガラパゴス諸島に自生し、高い塩分濃度にも耐えることができる耐塩性を持っています。


トマトの表面や茎に生えている産毛

正式にはトライコーム(毛状突起)と呼ばれ、強い光や害虫から身を守るための重要な防御システムとして機能しています。

虫を寄せ付けない害虫忌避成分を含んでいることもあります。

しかし、ナス科のいくつかの植物では、トライコームの揮発成分が害虫を捕食する昆虫を誘引することも知られています。


また、トライコームには強い日差しを和らげたり、気孔から水分が奪われ過ぎるのを防ぐ働きがあります。

この産毛がしっかり生える株が元気で健康な状態である株のバロメーターとなっています。

なお、実についている産毛は収穫後に触れたり、洗ったりすることで自然に取れていくので口に入られても全く問題はありません。





「花後の実と枝につく産毛」


わき芽は順次に摘み取る

主枝(メインの茎)と葉の付け根から生えてくる小さな芽(脇芽)は、放置すると株が混み合い実に栄養が行かなくなるので、5〜10㌢ほどの短いうちに手で摘み取ります。



「赤丸印=わき芽」

切り口痕が早く乾き、病気にかかりにくくするため、晴れた日の午前中に摘み取ることが重要です。

わき芽を手で持ち横に倒すようにすると「ポキッ」と取れます。

ハサミを使う場合はウイルス病などを予防するため、株ごとにハサミを消毒することが必要です。

一度にたくさんのわき芽を取ってしまうと株が弱ってしまう原因になる場合もあるので、数日に分けて少しずつ取る必要もあります。

雨の日や濡れた手で摘み取りを行うと、切り口痕から病原菌が入りやすくなるので避ける必要があります。


摘み取ったわき芽を挿し木にする

わき芽が大きく育ち過ぎた場合は挿し木にします。

または、秋どりの予備苗などに株を増す。

10〜15cmほどに切り取り、下葉を落として2〜3時間ほど水に浸す水揚げを行った後に、湿らせた土に挿すと新しい苗として育てることができます。

約1〜2週間で発根

一番最初の花房のすぐ下から伸びる勢いのあるわき芽を残して、主枝と合わせて2本立てにすると収穫量を増やすことも可能です。

わき芽が小さ過ぎると成長が遅れ、大き過ぎると水分が足りずに枯れやすくなるので注意します。

水挿しで発根させる場合は、直射日光を避け、明るい室内に置き管理します。

毎日水を取り替えて発根するまで待ちます。

根がしっかり生えたらプランターや地植えにします。

少し深めに植え付けるか、茎を横(斜め)に寝かせて植えると根の張りが良くなります。

また、株元から伸びるヒコバエも(10〜15cm)挿し木苗として育てることができます。




「ヒコバエの挿し木苗」


ヒコバエの挿し木苗にはすでに花芽が付いていました。

どのように育つか観察してみる。

5月17日挿し木(約15cm)発根予定は7〜14日後の24日〜31日


芯(頂上)止まりになったて伸びて行かない株の場合は、わき芽を取らずに残してメインの茎として育てる。


ハサミの消毒

80℃以上のお湯に5〜10分間熱湯に浸す、または沸騰したお湯に1分以上浸す。

水気を完全に拭き取り自然乾燥。

持ち手が樹脂製のものなどは熱で溶けたり変形しないように注意する。

金属の刃物は高温で熱し過ぎると切れ味が落ちることがあります。

熱湯消毒出来ないハサミは、アルコール消毒やキッチンハイターなどを含ませた布で拭く方法もあります。


ミニトマトの摘果

ミニトマトの摘果は必ず行う必要はありませんが、実の大きさを揃えたい場合や、株の負担を減らして長く収穫するためには有効となります。

果房の先端の小さずる実や、日当たり風通しを悪くしている混み合った実は、消毒したハサミで切り取りします。

基本的にミニトマトは株に栄養ご行きやすいとされ、摘果をしなくても十分に育つとされています。

摘果するのは房の先端にある小さ過ぎる実や大きさが極端に違う実を対象とします。


  「赤ライン辺りで切り取る」


果房の先端から3〜5個ほどを目安に取り除きます。

手で無理にちぎり取ると株を傷めてしまうことになるので、必ず消毒したハサミで切り取ります。

晴れた日の午前中に行うことで切り口が早く乾き、病気の予防にもなります。


水やりの時間帯

午前中に水を与えておくことで、日中の暑さによる株の消耗や水切れを防ぐことができます。

夕方や夜間に水やりを行うと株が水をあまり吸い上げないため、土が湿った状態が続くことになり、根腐れを起こしたり、病気になる可能性が高くなります。

真夏は気温の上がりきれない早朝に水やりを行うか、できない場合は夕方の涼しい時間帯に行います。

土が湿っている状態(土の表面が黒っぽい色)で毎日水を与え過ぎると、根が呼吸できずに枯れてしまう原因になります。

プランターや鉢の場合は、鉢の底から水が流れ出るくらいたっぷりと与えます。

なるべく雨にあてない。


実が裂ける原因

実が裂ける主な原因は、急激な水分の吸収や強い直射日光、肥料過多(チッ素過多)、急激な温度変化です。

乾燥した状態から雨の降り始めや大量の水やりによって一気に水分。株が吸収すると、果実の成長に果皮の伸びが追いつかずに破裂します。

雨の日は実に直接雨が当たらないように軒下へ移動させるか雨よけをします。

家庭菜園では雨よけ栽培が基本です。

土が極端に乾燥した後に大量の水やりを避ける。

できるだけ一定の水分量を保ち与えるようにする。

完熟し過ぎると裂けやすくなるため少し早めの収穫を行う。

裂けてしまった傷口からカビが生えたり、虫が寄ってくる原因になるので早めに収穫します。

強い直射日光を浴び続けると実が弱り、わずかな水分の吸収でも皮が裂けやすくなります。

昼夜の気温差や高温障害も裂ける原因になる。

肥料や水を与え過ぎると根が浅く張り、水分を過剰に吸収しやすくなります。

更に実の芯が太くなることでヘタの下に弾力のない部分ができて、その部分から裂けやすくなります。

実が色づく時期は水やりを控えめにすると皮が丈夫になり裂果を防げます。

裂果しにくい品種(ミニトマト)

TY千果(ちか)、サマー千果、アイコ、すずなりトマト、ピンキー、キャロルロゼ


ミニトマトの追熟

直射日光を避けた15〜25℃の涼しい室内で風通しを良くして行うのが追熟の基本とされます。

30℃以上になると腐敗しやすいとされ、15℃未満だと熟成が止まってしまう。

ザルや浅いトレイに重ならないようにヘタを下向きに並べることで傷みにくくなります。

常温で2〜3日置いておくと自然に赤くなり甘みも増します。

青いミニトマトの追熟は、エチレンガスを出すリンゴやバナナと一緒に袋に入れると更に熟成を早めることができます。

袋の口を軽く閉じて数日置いておきます。

複数のトマトを一緒の袋に入れておくだけでも効果があります。



完熟後の保管

完全に赤くなる前に冷蔵庫に入れると熟成が止まってしまうので、赤くなるまで常温で置いておきます。

乾燥や傷みを防ぐために完熟後は冷蔵庫の野菜室で保存しますが、キッチンペーパーで包み保存袋に入れて保存するとなお良い。

なるべく早めに食べるようにしましょう。










2026/05/13

戦中、戦後も死の商人 No.840

 軍需産業三菱重工業

昔も今も死の商人

三菱重工の創立は明治17年(1884年)と古く、創業者は岩崎彌太郎で、明治17年に政府より長崎造船局を借り受け、長崎造船所と命名して造船事業を本格的に始めました。

岩崎彌太郎は1835年生まれ、坂本龍馬は1836年生まれでほぼ同年代

二人は土佐の田舎で生まれ育った。

幕末という動乱期に長崎で再会し、1867年頃彌太郎は土佐商会の職員として長崎で活動しました。

土佐藩の海援隊(隊長·坂本龍馬)の武器、蒸気船の購入や資金繰りなどを彌太郎は実務面で支えた。

二人の関係性と史実は、直接的で濃厚な親友関係と言うより、土佐藩の組織を通じて繋がっていた関係とされています。


彌太郎の造船事業はのちに三菱造船株式会社に引き継がれ、大きく成長していきます。

昭和9年(1934年)、船舶の他に重機、航空機、鉄道車両を加え、社名を三菱重工株式会社に変えて新しいスタートを切りました。

戦時中、日本最大の軍需生産拠点としてゼロ戦や艦船、戦車、兵器の増産を主導した。

そのため、1944年12月以降、名古屋や長崎の工場を中心に空襲(B29)や被爆に見舞われ、多くの従業員や動員学徒が犠牲となった。

社長であった岩崎小彌太は戦争そのものは本意ではないとしつつも、軍需協力と生活安寧のために努力する姿勢を示していた。

その下で、多くの学生や動員された人々が過酷な労働環境に晒されていた。

しかしその反省もなく、三菱重工業は戦後も一貫して日本の防衛の名の下で、軍需産業の中心的企業として君臨し続けている。


三菱重工業と自民党の利害関係

三菱重工業は自民党の資金団体である「国民政治協会」に対し、献金している企業であり、野党から防衛力強化の政策決定に関与する有識者会議への参加が「利害関係の懸念」として追及されています。


2020〜2022年の各年3300万円を寄付、10年間で約3.3億円に達し、受注額は7年連続の1位となっている。



自民党側への大企業献金額


「出典:日本共産党より」


まるでキックバックの三菱重工と自民党

国の根幹に関わる防衛政策の会議に、その政策で儲ける利害関係者(三菱重工)を入れて多額の発注をし、自民党が政治献金を受け取る、還流している、まるでキックバックだ!!

こういう事が駄目だから企業·団体献金禁止をしようと言っているんですよ!

2024年3月、参議院予算委員会、立憲民主党の辻元清美議員が問題視した。



三菱重工の軍需売上1兆円突破

長射程ミサイル大量受注

三菱重工業は5月12日、2025年度決算を発表し、防衛·宇宙事業の売上収益が1兆1445億円と、初めて1兆円を突破したことがわかりました。

24年度比で38%も増加した。

3年連続で過去最高を更新したのである。


25式地対艦誘導弾など敵基地攻撃に使う長射程ミサイルを大量受注し、収益を押し上げました。



「出典:しんぶん赤旗より


安保3文書に基づく軍事費2倍化が行われる前の22年度と比べ、売上収益は約2.4倍に急増した。

国民の税金が軍需に吸い上げられています。

26年度も売上収益は1兆2500億円へと増収が見込まれています。

25年度の受注額は1兆6826億円と、前年度より約2000億円減少しましたが高止まりしています。

オーストラリアへの「もがみ」型護衛艦の輸出など大型案件を受注しており、26年度も引き続き高水準の受注高を見込むとしています。

受注残高は4兆円を超えており、急激な受注増に生産能力が追いついていません。

そのため引き続き生産設備·人員増強を進めるとし、2023年度時点で約7000人だった人員を、26年度までに1400〜2100人に増やす計画です。

日本の軍需産業企業は防衛力強化名目のもと、死の商人として暴走を続けるだろう。

また、大学が「死の商人」軍需産業企業の協力者となっていく、高市政権の軍産学官複合体構想は、国民生活を圧迫する予算化となり、問題である。

大学での軍事研究の成果が他国の市民を殺すために使われる危険が高まっています。

それは、高市政権が武器輸出を全面解禁し、紛争当事国への殺傷兵器の輸出を可能にしたからである。

高市政権は武器輸出解禁に先立ち、大学での軍事研究加速を盛り込んだ科学技術政策を決定した。

大学は今、「死の商人」の協力者になるのか、大きな分岐点に立たされている。












2026/05/06

自然に自生するケシの花 No.839

 アツミゲシ(セティゲルム種)

アツミゲシは地中海沿岸原産の帰化植物でケシ科ケシ属の一年草

和名は1962年に愛知県渥美半島の沿岸部において、日本への帰化が発見されたことに由来する。

近年、アツミゲシの繁殖が自然界で多く確認されている。

アツミゲシはケシやハカマオニゲシと同様に許可のない栽培や所持、譲受などが「アヘン法」で禁じられている植物です。


アツミゲシは繁殖力が強く、空き地や道端に雑草として自生していることがあります。

アツミゲシは、麻薬の原料となるモルヒネを含有しているため、日本では栽培等が禁止されています。



「アツミゲシの紫花、栽培禁止植物」





「アツミゲシの赤花、栽培禁止植物」



ケシ(ソムニフェルム種)の栽培歴史は古く、紀元前500年頃と考えられています。

日本のケシは英語のポピーと同義とされるが、ポピーと言えばイギリス各地に自生する園芸種として栽培されている「ヒナゲシ」コーン·ポピーを指します。

芥子(けし)と言う表記は本来、「カラシナ」を指す言葉であるが、ケシの種子とカラシナの種子がよく似ていることから、室町時代中期に誤用されてさ定着したものとされています。

日本ではオピウム·ポピーなど、オピウム産生植物はアヘン法で栽培が禁止されている種に指定され、オピウムはアヘン、麻薬と言う意味である。

日本へは室町時代にポルトガル人により、インドから薬用として津軽地方に伝来したとされ、江戸時代には「一粒金丹(いちりゅうきんたん)」などの腹痛、下痢止め薬として重宝されていました。


同様に栽培が禁止されているハカマオニゲシ(グラクテアツム種)は多年草で、植物体の乳汁中に高濃度の麻薬性のケシアヘンアルカロイド、テバインを含むため、日本では麻薬及び向精神薬取締法により原則栽培が禁止されています。

オニゲシは栽培可能であるがハカマオニゲシに非常によく似ています。




「ハカマオニゲシ、栽培禁止植物」

オニゲシとハカマオニゲシの違い

つぼみの毛の向きと花の根元にあるハカマ(苞葉)の枚数が違う。

オニゲシにはハカマは通常なし、または1〜2枚、ハカマオニゲシには花の下に4〜6枚のハカマがしっかり付いています。

オニゲシには黒斑点がない、または薄い場合があり、ハカマオニゲシは花びらの基部に明確な黒紫の斑点があり、鮮やかな深紅(赤)色の花の色のみです。

オニゲシには、赤、オレンジ、白、ピンクなど多くの花の色があります。

オニゲシの葉は鮮やかな緑色でつぼみの毛は直立しているが、ハカマオニゲシの葉は黄緑色で幅が広く全体に毛が多く、つぼみは寝伏している。

ハカマは花と花の集まりの基部にある葉が特殊に変化した部分であり、主につぼみを保護する役割を持ち、成長すると落ちるものが多い。

ポインセチアやハナミズキ、ブーゲンビリアのように花弁のようにか色づいて虫を呼び寄せる役割を持つ植物も多い。


アツミゲシは4月から6月頃に開花し、成熟した「ケシ坊主」と呼ばれる果実が約1㌢ほどの小さな種子を大量に周囲散布します。

非常に軽い種子は風に飛ばされたり、雨水で流されたりすることで遠くまで運ばれ繁殖します。

また、動物や人間が移動する際、靴の裏やタイヤに付着して運ばれることも多い。

アツミゲシは国の独占管理植物です。


繁殖群生地を見かけたら採取や抜き取ったりせず、各地方厚生局麻薬取締部や保健所、または警察署へ連絡することが重要です。

保健所や警察署に於いては、学名の種小名に由来する「セティゲルム種」と呼ばれることが多い。


同じくケシ科の植物にナガミヒナゲシがある。


ナガミヒナゲシは禁止植物に指定されていないが「アルカロイド性」の有害物質が含まれているため、素手で茎を触ったり、折ったりするとかぶれてしまうので注意が必要です。

指が水膨れ状態になりなかなか治りません。




「ナガミヒナゲシ」



ナガミヒナゲシ種は、空き地や道端、住宅の庭などあらゆる場所に多く自生し、繁殖力が強い。

参照ブログ
ナガミヒナゲシNo.687















2026/05/02

国是を無視した政権自民党 No.838

 死の商人産業国家

国是とする武器三原則を無視し、殺傷能力のある武器を輸出しなければ経済成長できないと閣議決定してしまった高市政権。

憲法改悪案も無視できない。

平和憲法を改悪し、国民主権を破壊する戦後最も横暴で危険な独裁的政権により、国会軽視の下無法政権の暴走が始まった。

他国は様変わりする日本の体制に注視する必要がある。

侵略戦争の反省も謝罪もしない日本の姿が今一番強く示されている。

帝国軍人の血が引き継がれた輩によって、再び紛争、戦争を望んでいる。

安全保障された憲法を改悪しようとしている輩たちによって、日本は再び危険な道に進もうとしている。

それは米国従属の下、都合のよい解釈を行い無法に始まって行くだろう。


武器輸出三原則(1967〜2014年)の定義は、1967年4月に佐藤栄作首相が表明し、1976年に三木武夫内閣が「その他の地域」への輸出も慎むと表明し、事実上全面的に武器輸出を禁止しました。

武器輸出を認めない対象となった3つの地域は、共産圏諸国向けの場合と国連の決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合や、国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合とされ、平和国家としての日本の立場を堅持し、国際紛争を助長することを回避する憲法9条の理念に基づく「国是」として運用されていました。

ところが2014年に「防衛装備移転三原則」へ転換され、その後殺傷武器の完成品輸出も一部解禁されました。

従来の武器輸出三原則を2014年4月に撤廃したのは安倍晋三内閣であり、防衛装備移転三原則を制定した内閣でもある。

2023〜2024年の岸田内閣が防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷能力のある武器の完成品について、ライセンス元への輸出や、共同開発への直接輸出を解禁した。

武器輸出三原則は、「事実上の武器輸出禁止」を目的としていたのに対し、防衛装備移転三原則は、「厳格な審査のもとでの限定的な輸出解禁」を目的としているが、厳格な審査を誰が行えるのか?

内閣の意向でいかようにでもなるのではないだろうか。


新三原則(防衛装備移転)では、ライセンス生産している装備品の完成品輸出が、米国などのライセンス元へ可能となった。

この変更により、日本は防衛産業(死の商人)の強化と言う名目で、同盟国、同志国との連携を深める方針へ大きく転換しました。

これにより、戦闘機や護衛艦などほぼ全ての防衛装備品の輸出が可能となり、戦後平和主義の大きな転換点となった。


殺傷能力武器輸出で経済成長しかない落ちぶれた日本の未来か!

殺傷武器の輸出解禁により、日本の平和国家としての理念が失われる。

輸出案件は国会への「事後報告」となるため、歯止めがきかないものとなる。


国民主権無視の暴走高市政権の姿だろう。


日本弁護士連合会や市民団体は、武器輸出の拡大が憲法9条が揚げる恒久平和主義や国際紛争の助長禁止に違反すると反発しています。

憲法9条改正を狙う高市内閣により、平和憲法が破壊されようとしている、

自民党政権は防衛産業製造に伴う利権として大企業から献金を受け取る公算である。

防衛予算は国民から吸い上げ、経済成長でも国民に還元されることはありません。

誰たちのための経済発展か。

国民主権を認めない高市政権によって憲法9条が削除され、平和国家を投げ捨てようとしている。

国際法も理解しない戦争国家アメリカトランプ大統領に従属する高市政権によって、日本は再び危険な道を暴走する可能性がある。


そもそも安保条約は憲法違反であり、都合のいいように正当化した条約である!




5月3日、憲法記念日に東京臨海広域防災公園に集まった五万人の人々。

日本国憲法施行79周年、憲法守り生かそうという行動が全国各地で取り組まれました。

憲法改悪絶対反対!

憲法守れと声をあげました。

戦争する国家として進んでいる日本!

憲法は国家、権力のためにあるという高市首相は、そもそも憲法を厳守しなければならない立場を理解しない、反逆者である。

憲法はアメリカから押し付けられたものだとして、日本独自の憲法が必要だと都合のいい解釈をしているが、そのアメリカに一番従属しているのが自民党そのものである。

始めから憲法を厳守する気がないのである。

そんな者が国会議員として存在する日本の政権である。

それが異常とも思わない支持者、自民党は国民主権を否定する政党である。

国民に主権があるのは間違いと言っている政党である。

憲法無視は当然のような政党なのです。

そして、日本国憲法をいち早く破壊しようとしているのが現在の高市首相その者なのです。










2026/03/16

日本の経済産業の変換 No.837

 防衛力名目の経済産業変換

戦争しながら発展する経済への転換

現、高市政権は、国是である非核三原則の「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を撤廃し、核兵器を保有する狙いがある。

核兵器廃絶の先頭にも立たない被爆国としての逆行である。


出典:日本共産党より


日本の大企業は軍需産業で経済発展しようと動き出している。

財界の意のままに改定がなされ、政治そのものが意味をなさなくなる。

大企業の死の商人化である。

アメリカ型の経済産業発展と言えるだろう。

国民の生活は困窮をさらに極めていくだろう。

ある一定の国民以外は軍需産業に伴う経済発展下では、なんの恩恵も還元も受けない。

経済を牛耳る層に属しない国民は、財源となる税金を搾り取られるだけの操られた奴隷でしかありません。




「1990〜2024年度」

出典:日本共産党より



「2000〜2026年度」

出典ま:日本共産党より

どんどん増えていく軍事費。



貧困層国民は、見捨てられた存在となって行くことは間違いありません。

武器輸出三原則

武器輸出三原則は、1967年に佐藤栄作内閣が表明した共産圏、国連決議で禁止された国、国際紛争の当事国への武器輸出を原則禁止する政策で、1976年には三木武夫内閣が、他の地域への輸出も慎むとしたため、実質的に全面禁止の形となった、日本の安全保障政策の根幹でした。

ところが2014年、安倍晋三内閣は従来の「武器輸出三原則」を廃止し、新たな指針である「防衛装備移転三原則」を制定しました。

これにより、国際協力や防衛装備品の共同開発などを目的に限定的な条件下で武器の輸出が可能となった。

2026年現在、自民党は防衛装備移転三原則の軍用指針を見直し、「殺傷能力のある武器を含む完成品」の輸出を原則容認する方針であり、従来の救難、輸送、警戒、監視、掃海に限定したルール(5類型)を撤廃し、イギリス、イタリアと共同開発中の「次期戦闘機」について第三国輸出のルールを見直し、閣議決定を不要とする案を検討している。


この流れから考えても、将来的に邪魔になるものは撤廃し、際限なく武器輸出が可能になっていくことが伺えます。

アメリカ型の経済産業、軍需産業で経済発展と言う構図が見えてくるのではないだろうか。


今、米トランプ大統領によって戦争する国へと仕立て上げられているのがドイツです。

かつてヨーロッパは平和な国々でしたが、戦争によってズタズタになってしまった歴史があります。

今、再びドイツが戦争と言う考え方に傾き始めている。

アメリカが他国の核開発、保有に強く干渉するのは武力行使、戦争をしかけられる国が少なくなるからであり、対等の核保有を阻止したいと言う狙いがある。


つまり、核保有同士の国では紛争を起こすことが難しくなると言う結果も見えています。

威嚇や脅しが有ったとしても、紛争になることを躊躇する傾向がある。

それは、核戦争に発展すれば、地球そのものが終わってしまうことを核保有国は知っているからです。

北朝鮮がなぜ核保有したいのかと言う理由に一番当てはまる事です。

それが間違ってるのかは誰も証明できない。

それは、持っているものしか核戦争は起こせないからです。

いざ軍事国となれば、核開発、核保有を目指す国になるのはむしろ自然となることだろう。


核保有国が核兵器を無くすことを優先しない限り、核開発、核保有問題は解決することはありません。


これからの計画準備(今後の追記)

アメリカと石油の共同備蓄、共同利用、売却、日本列島の備蓄基地の増設

原油開発










2026/03/08

消費税は一般財源 No.836

 社会保障財源とされる消費税の嘘


消費税は年金、医療、介護、少子化の社会保障4経費の財源とされ、残りの約1割が地方自治体の行政サービス(教育、インフラ整備など)に使われているとされている。

消費税は、一般財源で特定の目的以外にも使える税金として国庫に入るため、法人税や所得税の減税、あるいは借金の返済など他の歳出に融通されているという見方がある。

つまりこのお金には色がついていない。

「消費税は全額社会保障に使われる」と歴代自民党政権は宣伝してきました。

消費税法第一条2項には、「消費税は医療費及び介護の社会保障給付、並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする」と書いてあります。

この条文は2012年8月、野田民主党政権下に書き加えられたもので、当時の民主党は消費税の税率を5%から10%に引き上げようとしており、国民を納得させようとしてこんな条文を書き加えたのです。


だが、これほどおかしな条文はありません。

なぜなら、消費税は社会保障に限定して使われる目的税ではなく、法人税、所得税、酒税などと一緒に「一般財源」として使われているからです。

その証拠は政府自身が毎年発表する「一般会計予算歳出、歳入の構成」をみれば一目瞭然である。




「一般会計歳出」

「一般会計歳入」


出典:財務省財政に関する資料より



消費税は社会保障費だけに使われておらず、防衛関係費、公共事業費、国債費等々にも使われているのです。

消費税は、「全額社会保障に使われている」と言う主張は嘘八百だと言うことが分かります。

それでも歴代政権は、「消費税を減税したら年金が下がる」などと宣伝してきました。

その宣伝を信じる国民の中には、「消費税がないと社会保障が維持できないのではないか」と言う人が沢山います。

消費税が社会保障予算の全てを賄ったことは導入後一度もありません。

消費税が無くても法人税、所得税、相続税、酒税、たばこ税など他の税収を引き上げれば、社会保障予算を賄えるということです。




「表1」


しかし、消費税増税もしながら、その他の税も増税されているのが事実だろう。



社会保障給付を支える主要な財源は国民負担の社会保険料

年金、医療、介護など、国民に対する社会保障給付の財源は、国民が払う社会保険料と国、地方自治体が払う公費で賄われている。

消費税は公費負担のうち、国が払う分の一部を占めているに過ぎない。



「表示2」



消費税が増税されても社会保障給付に充てられず、増えた給付を賄っているのは国民の社会保険料などの負担増と過去に蓄えた余剰金です。

つまり、消費税が増税されても社会保障給付に回らない、国民の負担増によって賄われた事を「表2」は示しています。

では、消費税で増えた税収はどこに消えたのか?

その大半は、大企業法人税の減税と所得税(金融資産)の減税に消えたと言ってよいでしょう。

金融資産とは、現金、預貯金、株式、債券、投資信託など、それ自体が価値を持ち、容易に現金化できる財産のことで、主に金融機関を通して取引される無形資産(権利)を指します。



現政権下では、仮に消費税を増税しても社会保障給付に回りません。

従って、「増税しないと社会保障費は賄えない、少子化対策には広く国民全体が負担する消費税増税が良い」という主張は誤った主張です。




消費税を一般財源に組み込むことで、「何にでも使える税収」にしているのです。