緑のお医者の徒然植物記

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緑のお医者の徒然植物記

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2024/11/27

さつまいもの糖化 No,742

 澱粉(でんぷん)糖化

でん粉糖化とは、デンプンを酵素や酸によって分解して糖に変える変化反応です。

デンプンはブドウ糖分子、数千個が繋がってできています。

そのままでは体内に吸収することができません。

唾液(だえき)に含まれるα-アミラーゼ(消化酵素)などの酵素によって、デンプンが分解されて糖が生成されることによって体内に吸収しやすくなります。


口の中でお米を噛み続けると甘さを感じますが、それはデンプンが糖化しているからです。

サツマイモやジャガイモ、トウモロコシ、米などに含まれるデンプンを酸や酵素によって糖化されて作られたものが水飴です。

糖化は貯蔵温度が低いほど進行しますが、暗くしておくことが大切です。

サツマイモに含まれるβ-アミラーゼ(タンパク質)と言う酵素が、デンプンを麦芽糖と言う糖に分解します。

β-アミラーゼは60〜75℃で活発に働くとされ、80℃を超えるとその力は弱まります。


      「自作窯による壺焼き芋」


加熱により水分が飛ばされることで、麦芽糖の濃度が高くなります。


収穫したばかりのサツマイモは糖度が低いので追熟が必要です。


追熟には10〜15℃、湿度80〜90%で保存する必要があり、10℃以下になると低温障害を起こし、傷みやくなり腐敗の原因となります。

低温障害を起こしたサツマイモは浅黒く見える場合があります。


収穫後2〜3週間ほど追熟すると甘味が増してきます。

品種にもよりますがサツマイモの端を切った時に、黄色くなっていると熟成している目安にもなります。




サツマイモは冷めるとデンプンが「レジスタントスターチ」難消化性デンプンに変化して吸収されにくくなります。


食物繊維と同じような役割をするので、血糖値の急上昇を抑え、腸内環境を整えたり便秘解消やダイエット効果も期待できます。


麦芽糖(ばくがとう)は単糖類であるブドウ糖(グルコース)が2つ結合してできた二糖類で、水飴の主成分として知られますが、甘酒にも含まれています。

その名前の由来は、発芽した大麦をデンプンに作用させて得られたことからきています。

また、デンプンを「ジアスターゼ」で分解する時に出来る糖でアミラーゼは、ジアスターゼとも称されるデンプンを分解する消化酵素です。

α-アミラーゼとβ-アミラーゼ

分解物質のα-アミラーゼはデンプンを分解し、β-アミラーゼはアルドース(単糖類の総称)を生成します。

麦芽由来のα-アミラーゼは約73度、β-アミラーゼは約63度で最も活性が高くなります。

α-アミラーゼは唾液や膵液、麦芽、糸状菌などに存在し、β-アミラーゼは小麦、大麦、大豆などの穀物類やサツマイモに豊富に含まれています。

α-アミラーゼは「液化酵素」とも呼ばれ、デンプンを構成するアミロースや、アミロペクチンの分子内部を無作為に加水分解して可溶化(溶解化)します。

β-アミラーゼはアミロースをほぼ分解することができますが、アミロペクチンを基質とした場合は統合の手前で反応が止まってしまいます。









2024/11/21

踏み荒らされた絶滅危惧種 No,741

 クニガミシュスラン

国頭繻子蘭 ラン科

クニガミシュスランは山地樹林下に生える草丈10〜15㌢の多年草

茎は下部で匍匐(ほふく)してその先端は立ち上がる。

白い花をつける地生ランで絶滅危惧種に指定されている。


      「クニガミシュスラン」


クニガミと言う和名の由来は、沖縄北部の国頭村のことで、そこで発見されたシュスランに由来する。

シュスは茎が繻子に似ていることに由来している。

繻子(しゅす)とは、布面がなめらかで艶があり、縦糸または横糸だけを浮かした織物で、帯地や半襟(半衿)洋服生地などに用いられる。


絶滅危惧種の花消える


世界自然遺産に登録されている鹿児島県徳之島で、最大規模の日米共同実動演習「キーン·ソード25」により、世界自然遺産のコアエリア(核心地域)に生息する絶滅危惧種の花が踏み荒らされ株ごと消失しました。


この演習は10月23日から11月1日まで行われたもので、18日に徳之島の伊仙町役場で開催された、世界自然遺産に関する会合で、地元のNPO法人が被害を証明しました。

NPO法人「徳之島虹の会」によると、10月26日午前に井之川岳で絶滅危惧種の「クニガミシュスラン」の蕾が膨らんでいるのを確認している。

しかし、27日の午後にすでに踏み荒らされていました。


  「踏み潰された跡のクニガミシュスラン」

(徳之島虹の会)による提供写真(10月27日午後)


これについて、防衛省統合幕僚監部は井之川岳の地、同様に世界遺産エリアに指定されている天城岳、犬田布岳の島内三山で10月25日〜28日に山地機動訓練、同27日〜28日に偵察訓練を行ったことを認めた。

しかし、徳之島虹の会の証明について地元紙の報道で承知しているとしているが、自衛隊員が踏み荒らしたと言う事実は確認出来ないと強弁している。

井之川岳は国立公園特別保護地区に指定され、「木の実1個、葉っぱ1枚すら採ってはいけない」最高ランクの環境保全活動が実施されている地域であり、そもそもこのような所をなぜ訓練地に選ばなければならないのか、最大の疑問でしかありません。


この事から分かることはどんな状況下に於いても、軍隊と言うものは「暴走」し、またそれを現実的にも止めることが出来ないと言うことではないでしょうか!

こんな暴走がもし、違うところでもと考えたら恐怖でしかありません。


これでいいのか日本‼️









2024/11/16

触ってはいけない植物 No,740

 ジャイアント·ホグウィード

セリ科多年草 和名=バイカルハナウド

ジャイアント·ホグウィードは西アジアのコーカサス山脈が原産で、観賞用の植物として19世紀の終わり頃に、西ヨーロッパに広がり20世紀初頭にアメリカに持ち込まれました。


     「ジャイアント·ホグウィード」

樹液を触るとやけどを発症する謎の植物

樹液には「フラノクマリン」と言う有機化合物が含まれており、皮膚細胞に浸透してDNAにまで届きます。

フラノクマリンが日光にさらされると15分ほどで化学反応を起こし、DNAの鎖内(さじょう)に架橋が生成され、細胞が機能停止してしまいます。

鎖状とは、鎖のように繋がっている状態を指します。

樹液は茎や葉を折った時や、茎の剛毛を逆撫でることで人体に付着し、水ぶくれを伴うひどいやけどやアレルギーに似た症状を起こすこともあります。

深刻な状態になると長期間の日光過敏症や、目に触れた場合は失明することもある。

一見すると無害な植物に見えるため、素手で摘んでしまいやけどを負う子供も多いとされ、その危険性や強い繁殖力からニューヨーク州は、販売や輸入、購入、輸送、導入、繁殖されることを法律で禁止しています。

更にペットにも危険な植物である。


        「オオハナウド」

日本には生育していないがよく似た植物として「オオハナウド」が生育しています。

オオハナウドは犬猫の両方にとって有害な植物です。









2024/11/04

さつまいも基腐病 No,739

サツマイモ基腐病

サツマイモ基腐病(もとぐされびょう)は芋が土中で腐る病気です。


病気が感染多発した栽培地では、大幅な減収を生じます。

基腐病は平成30年度(2018年4月〜2019年3月)に沖縄県で、国内初として確認された後、全国で発生が確認されています。

令和5年1月時点で発生が確認されている都道府県

沖縄、宮崎、鹿児島、福岡、長崎、熊本、高知、静岡

岐阜、群馬、茨城、東京、千葉、岩手、愛媛、福井、埼玉

山形、石川、北海道、鳥取、長野、広島、徳島、神奈川

兵庫、岡山、大阪、和歌山、三重の30都道府県


サツマイモ基腐病は、主にさつまいも(ヒルガオ科)のみ感染するとされています。

感染すると茎の地際部が黒から暗褐色になり、茎葉は黄色や紫色に変色して萎れ、病状が進むと枯死し、その後芋(塊根=かいこん)が土中で腐ってしまいます。


    「地際部の枯れ込みが見られる株」


この病気は糸状菌(カビ)によって引き起こされ、その菌に感染した種苗や畑などに残った茎葉、芋などが伝染源になります。

健全な苗や芋に見えても、保菌している可能性があるので注意が必要です。

降雨などによって畑に水たまりができると、発病した株にできた胞子(カビのもと)が水を介して周辺の株に広がり、感染が拡大します。

育苗期から生育期、収穫期から貯蔵期間中に至るまで年間を通して感染、発病する可能があります。

日頃から病気の侵入防止と、早期発見、早期対策に努める必要があります。

苗を植えた後から収穫時まで、こまめに畑を確認し、発病が見られた畑では2年以上はさつまいも栽培を避け、さつまいも以外の作物を栽培するか、休耕します。

この病原菌は土壌中に残るため、同じ畑で連作栽培すると発病を繰り返す可能性あります。


       「発病が見られるサツマイモ」

主な防除対策例

病気が発生した場所から種芋を採取しない

無病な種芋や由来のわかる健全な苗を使用します。

種芋や苗はよく観察して選別し、腐敗や黒変があれば使用を避ける。

購入する苗が消毒済みであるかどうか確認

未消毒の苗は植え付け前にベンレート水和剤、ベンレートT水和剤20の登録農薬で消毒

別の畑で作業する前には、農機具や長靴についた土はよく落とし、水できれいに洗浄する。

畑に病原菌が入るのを防ぐため、コンテナや農機具、長靴等の洗浄水が畑に流れ込まないように注意する。

収穫後に畑に残った茎葉、芋は可能な限り畑の外に持ち出して適切に処分する。

収穫後は速やかに耕作を行う。

なお、病気が発生又は病気と疑われる症状を確認した場合、生産農家は関係機関に直ぐに連絡し、指導を仰ぐ必要があります。

家庭菜園に於いても必要不可欠な問題になっていると言えます。










2024/11/03

神農と断腸草 No,738

 断腸草

別名=鉤吻(こうとう)、冶葛(やかつ)

神農は紀元前2740年頃に活躍した皇帝で、人々に医療や農耕の術を教えたとされる人物です。

神農は毎日無数の草を食べていたが、「断腸草」と言う薬草を試すため食した時、解毒剤が間に合わず亡くなったとされています。

あらゆる毒素を解毒する葉を見つけていた神農であったが、常にその葉があるわけではありませんでした。

神農は120歳まで生きたと言われいます。

神農が食べた断腸草は外用薬として主に、湿疹や水虫、痔の治療に使われることもあります。

断腸草は山砒霜(やまひそう)、山の砒素(ひそ)とも呼ばれるほど、毒性が強いと植物で世界最強の毒草(劇毒植物)とされています。

その致死量は0.05mg


     「ゲルセミウム·エレガンス」


断腸草の正式名は「ゲルセミウム·エレガンス」でゲルセミウム科又はマチン科のツル性常緑低木です。

金銀花と外見がよく似ているため、間違って食する事故が原産地中国でも数多く発生し、死亡事故が起きている。

金銀花とはスイカズラのことで、涼茶(リャンチャ)として用いられている。

涼茶は冷たい漢方茶のこと


原産は東南アジアから中国南部でこの付近に自生している。

日当たりの良い山の斜面や道端の草むら、低木の茂み、雑木林を好み自生する。

世界最強の植物毒を持っていると言われるほどの猛毒植物である。

全草に毒を持ち、最も強い部位は若芽である。

植物のどの部分を食べたかによって中毒症状の出る速さが違う。

漢方医学では根を水洗いして乾燥させたものを「こうとう」と呼び、喘息治療や解熱、鎮痛などに用いるが、あまりに毒性が強いため「本草網目」をはじめ数ある医学書には「内服は厳禁」と記されています。

取り扱いに注意が必要な代表的有毒植物

トリカブト(別名=ウズ、カブトバナ、カブトギク)

ヒガンバナ(別名=マンジュシャゲ、シビトバナ、シタマガリ、ハコボレ)

バイケイソウ、コバイケイソウ、スズラン

ドクウツギ、ポインセチア、アジサイ、ドクゼリ

ハシリドコロ、マンチニール、フクジュソウ

エンジェルストランペット、チョウセンアサガオ

キョウチクトウ

身近な三大有毒植物
ジャガイモ、スイセン、イヌサフラン他









2024/11/01

お茶の歴史 No,737

 お茶の歴史

お茶の歴史は、中国で薬として発見されたのが始まりとされています。

紀元前2700年頃、神農が薬としてお茶を発見したとされています。

当時のお茶は、葉を食べんもので薬として用いられていました。

神農は紀元前2740年頃に活躍した皇帝とされ、炎帝神農とも呼ばれた、古代中国の伝承に登場する三皇五帝の中の三皇(伏犠=ふっき、女媧=じょか、神農=しんのう)の一人。

五帝については配列や人名に諸説があるとされています。

神農は人々に医療と農耕の術を教えました。

神農神話

神農は毎日無数の草を食べる中で、毒気に当たることはなかったのかと言う話があるが、実際には1日に70回まで毒気に当たったそうです。

しかし、あらゆる毒素を解毒する葉を見つけていました。

それが茶です。

120歳まで生きたとされる神農は、「断腸草」と言う薬草を試した時、解毒剤に間に合わず亡くなったとされています。

常にお茶があるわけではなかったのです。



お茶の伝来

お茶は奈良、平安時代に遣唐使や留学僧によって日本に広まりました。

記録では、延暦24年(805年)に最澄(さいちょう)が唐からお茶の木を持ってきて近江の坂本にうえたとあり、これは今での日吉茶園として残っています。

最澄(767〜822年)は平安時代初期の日本の仏教僧=伝教大師

奈良時代から、日本人の暮らしとは切っても切り離せないお茶が緑茶です。

日本茶とも呼ばれることから日本文化のお茶と言えます。

鎌倉時代になると、臨済宗の開祖、明菴栄西(みょうあんえいさい、1141〜1215年)が宋に2度渡り、帰国の際にお茶を持ち帰ったのがきっかけで普及しました。

江戸時代のはじめまで緑茶は茶葉ごと飲むものでした。

今でも抹茶は粉にして葉を丸ごといただいています。

江戸時代には、幕府の儀礼に正式に用いられ、武家と茶の湯は切っても切れない関係となっていきました。

中国南部やタイなどでは、発酵させた茶葉を漬物として食べています。

1738年、宇治田原郷の永谷宗円(ながたにそうえん)は、製茶方法を丁寧な方法に改めて、優れた煎茶の製法を編み出した「煎茶の祖」と呼ばれています。

宗円が生み出した製法は「宇治製法」と呼ばれ、18世紀後半以降全国の茶園に広がり、日本茶の主流となっていきました。


また、より高級な煎茶を開発しようと「覆下栽培」を煎茶に応用する試みが行われ、1835年山本嘉兵衛(やまもとかへえ)により「玉露=ぎょくろ」の製法が生み出されたとされています。

覆下栽培(おおいしたさいばい)とは、お茶の栽培方法のひとつで、茶の木をわらやむしろなどで覆って育てる栽培方法で、被覆栽培とも言われています。

茶葉を食べる

緑茶はスーパー健康食品であり、「日本茶を食べる会」と言う団体もあります。

無農薬、有機栽培のお茶を扱う業者が参加して「食べる」お茶文化を広げています。

お湯に溶け出すお茶の有効成分は、ビタミンCやタンニンの一種のカテキン、アミノ酸、カフェインなどが含まれています。

これらの成分は、1回出した茶がらには約40%、2回出した茶がらには約20%残っています。

また、不溶成分の食物繊維、ビタミンA.E、ミネラル、脂質などの栄養素がまだ含まれており、捨てるのはもったいないことです。