緑のお医者の徒然植物記

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緑のお医者の徒然植物記

検索結果

2020/05/31

苗木の選定  No.226

苗木の選定

成木よりも苗木の方が手間もかからず、また安く購入できます。

しかし、苗木は樹種やどのような繁殖方法で育ったのかによって、生育の特徴が異なります。

また不健康な苗を選んでしまうと、土壌や生育環境を整えたとしても、思い通りに育たない事があります。


★植樹目的に合ったよい苗を選ぶことも、健全な樹木を育てる上で重要である。


◉良い苗木の選び方

(ア)根のチェック
苗木で一番重要なのは根です

支根、細根が多くしっかりした根の苗木を選ぶようにします。


根そのものは見ることができませんが、根鉢の形が整っているものは、根数が多い証拠で細根が顔を出しているものもあります。

根鉢の形が悪い、崩れていびつになっているものや、小さいものは根の発達がよくありません。


★良い苗の条件として
※葉の色がよく葉数も多い
※芽が大きく形が良い
※低い位置にもしっかりした枝がある
※根鉢がしっかりしている


(イ)幹のチェック

汚れが少なく、滑らかな木肌の苗木

幹にシミや樹皮のめくれ、黒っぽい斑痕コブなどがあるものは病気にかかっている可能性がある。

(ウ)葉、枝のチェック

枝や葉は節間(付け根と付け根の間隔)がつまって数が多いものを選びましょう。


その理由として、長い苗木でも、枝葉が間延びした感じのものは、芽の部分の貯蔵養分が充実していないことが多いためです。

下枝が幹の低い位置についているものが理想的です。

★常緑樹の場合は、葉の色艶にも注意し、美しいしっかりした葉がついているものを選びましょう。

また、時折ひこばえが生えている苗木もありますが、これは樹勢が強い証拠なので良い苗木です。

★悪い苗木として
※枯れ枝がある
※病痕や喰いが見られる
※根鉢の形が悪い

(エ)芽のチェック

芽が傷ついたりつぶれていない、きれいなものを選びましょう。

芽が欠けていたり、つぶれていたりすると、そこから新しく張り出した枝が不自然な形になり、全体のバランスも悪くなるなどの悪影響が出てきます。

芽も枝と同様、数が多く間隔がつまっているものが良い苗木です。






2020/05/26

植物の種類と果実  No.225

植物の花からできる果実

植物の種類と果実

a)果実

雌しべの基部にある子房(しぼう)が、受精後発達したもので、中に種子を入れているもの

子房を持たない裸子植物は、厳密に言えば果実は出来ない。

b)種子植物

植物の分類上の門の1つで、花をつけ種子を作るものの総称

顕花植物(けんかしょくぶつ)という

裸子植物亜門と被子植物亜門に大別される

c)被子植物(ひししょくぶつ)

花に子房があり、大半のものはおしべや雌しべ、花弁や蕚(がく)がある

子房や子房を含むその他のものが、発達した果実をつけその中に種子ができる


          (被子植物)


d)裸子植物(らししょくぶつ)

花には花弁やがく、子房がない

被子植物では、子房の中にある胚珠(はいしゅ)が露出しており、種子ができる



        (裸子植物)


e)子房(しぼう)

雌しべの下方の膨らんだ部分のことで、中に将来種子になる胚珠がある

子房の部分は将来果実になる

発生学的には、雌しべは1~数枚の葉のヘリがくっついて下方に室(膨らみ=子房)を作ったもので、室は1室のこともあれば、数室に分かれることもある

各室の中には1個~多数の胚珠を持っている

また、がくや花冠、雄しべなどと比べて子房がどのような位置関係に当たるかにより、上位子房、中位子房、下位子房という

子房の位置や部屋の数、胚珠の数によって果実の形態が異なる。




f)胚珠(はいしゅ)

被子植物の雌しべの子房内にある小さな粒

卵細胞を包む胚のうを持ち、受精後は種子になる

裸子植物の雌しべは、子房を作らないので胚珠はむき出しになっている


果実のつくり

①真果(しんか)
子房と胚珠(種子)だけでできる果実

偽果に対する用語でカキ、ツバキ、ミカン、モモなど種子植物の大半は真果

②偽果(ぎか)
子房以外の部分が、子房と一緒に発達してできた果実のこと。真果に対する用語

花托(かたく)が子房と密着して膨らんでできるナシ、リンゴ、オランダイチゴ(イチゴの正式和名)

花托が肥大してツボ状に窪み、その中に多数の花を入れるイチジクなどが代表的



③果皮(かひ)
果実のうち、種子を包む部分のことで、子房の壁が変化したもの

カキ、ウメ、モモなどの真果では外果皮(がいかひ)中果皮(ちゅうかひ)内果皮(ないかひ)の3つに分かれており通常、中果皮の部分を食べる

子房以外の部分が一緒に発達する偽果では、果実は真果のように発達しないので、外見上明確に3つには分かれない

例えば、リンゴの場合は、花托が食べられる部分となりいわゆる芯の部分が果皮となる

④球果(きゅうか)
種子を覆った鱗片(りんぺん)が集まって球形の果実のような形になっているもの

球果につく1つの鱗片を果鱗(かりん)という

裸子植物のマツカサ(松ぼっくり)など







2020/05/24

山本懸蔵の憧れた時代へ 特別編 No.224

山本懸蔵

(やまもとけんぞう)

     「山本懸蔵の碑、碑文」


山本懸蔵は「山懸=やまけん」の略称で呼ばれた労働運動家及び日本共産党の活動家である。


茨城県鹿島郡矢田部村
(現神栖市)
1895年(明治28年)2月20日生




大正11年に共産党に入党、14年日本労働組合評議会結成に参加。


昭和3年2月1日、党中央委員会の非合法中央機関紙「赤旗=せっき」が創刊された。


「赤旗」は創刊された時から一貫して、反戦、平和、自由と民主主義、国民の権利と生活擁護の旗を掲げ続け、命をかけて真実を報じた。


「赤旗」を持ってるだけで逮捕、投獄を免れない困難な状況のもとで、非公然の地下の編集局と印刷所でつくられた。


靴の敷き革の下や工具の中に潜ませて、労働者や農民の手から手へと渡された。


総選挙を通じて、国民の前に存在を現した日本共産党の前進を恐れた、天皇制政府は日本共産党に対して、全国一斉の大弾圧を加え、党員と党支持者を検挙し野蛮な拷問を加えたのだ。





また、日本共産党が反社会的な、陰謀家集団であるかのような、印象を与えようとする、キャンペーンを大々的に展開したのである。


天皇制政府と支配階級は、差し迫った侵略戦争の「銃後」を固めるために、侵略戦争反対、自由と民主主義の旗を掲げ、人民の利益を擁護して不屈に闘う日本共産党を暴力で圧殺しようとしたのである。

✣銃後とは戦場の後方。
直接戦闘に加わらない一般国民。

治安維持法による弾圧

1925年に制定された治安維持法は、天皇を中心とする政治体制で、変革や私有財産制度の否定を目的とする結社や活動を取り締まることを目的としていた。

しかし、実際には社会主義運動や共産主義運動だけでなく、政府に批判的な言論や活動全般を弾圧する手段として用いられ、思想、言論の自由を大きく制限した。

対象者は死刑を含む重刑が科せられることもあった。


昭和3年3月15日の日本共産党への大弾圧の際、山本懸蔵は検挙を免れ、日本を脱出してソ連に渡った。

3.15事件とは、共産党関係者を一斉に検挙した事件のことである。

その後山本懸蔵はソ連で活動を続けた。

1937年(昭和12年)11月2日ソ連の弾圧機関によって、日本政府、警察のスパイとしてでっち上げられ「国家反逆罪」と言う根拠のない罪状で逮捕された。


スパイだと密告したのは、他でもない同志であったはずの、野坂参三だったのだ!


◆1939年(昭和14年)3月10日山本懸蔵は処刑(銃殺)された。
享年44歳


「サルスベリ」


事件後50数年を経て、日本共産党は山本懸蔵、杉本良吉、国崎定洞がソ連最高裁判所軍事法廷で、銃殺刑の判決を受け、銃殺されたことをロシア当局から正式な回答として確認。


山本は1956年(昭和31年)国崎と杉本は1959年(昭和34年)に、彼らへの告発、判決は根拠なしとされ完全に名誉を回復した。


自国政府(日本)から迫害され、秘密の内にソ連に入国し、名前も変えて活動していた。


スターリンは、こうした事情を弾圧に利用し、秘密裏に逮捕処刑し、その真相を隠蔽したのである。


治安維持法などによって、非合法な状態に置いてきた戦前の天皇制下の政治も、スターリンの弾圧を容易にしたと言う点で言えば、重大な責任があると言わざるを得ない。


山本の死亡から53年後の1992年9月、党は野坂参三が山本懸蔵に関する根拠のない疑惑を★コミンテルンの書記長に密告した、1939年2月の書簡のコピーをモスクワで入手した。


★コミンテルン=1919年から1943年まで存在した、国際共産主義運動の指導組織で、別名第三インターナショナル、第三インター、国際共産党と呼ばれていた。

設立者はウラジーミル·レーニン(ロシア モスクワ)


野坂は、この書簡を自分が書いたことであることを認めた。


その内容は事実を偽ったり、根拠なく山本を告発した重大なものであった。


そのことは山本がソ連当局によって、無実であったとして、名誉回復された事からも明白に立証されていた。


野坂は、山本の銃殺に関わる真実を、党に報告する機会がありながら、この事を全く報告しなかった。


そればかりか、逮捕された山本の救出のために、努力したかのように事実を全く逆に描いていたのである。


事実はソ連共産党と野坂本人、山本の夫人しか知りようのない事であり、野坂本人が告白しない限り知り得ないことであった。


野坂は自らの個人的利益を、党の革命的事業に優先させて、自己の保身をはかるため、スターリンの不当な弾圧に積極的に加担する立場に身をおき、これを実行した。

許しがたい行為を行ったのである。


野坂は山本の死亡年月日や死の原因まで捏造していたのである。


野坂執筆の文章の中で、山本は1942年4月11日に結核が悪化して死亡したと発表されてきました。


山本の無実を早くから知りながら、野坂は長期に渡り誤魔化し、嘘をつき続けていたのです。


また、ソ連に渡っていた山本夫人の帰国を妨害した。

真実が山本夫人の帰国によって、暴露されることを恐れたからである。







1968年山本夫人(関マツ)はモスクワで死去した。

25年後の1993年に党は、関マツの遺骨を引き取り、日本共産党常任活動家のお墓に合葬しました。


野坂は、その後も国会議員でありながら、長期に渡りソ連共産党などと連絡をとり、その事を党に報告しないできた。


50数年間も裏切り行為を行っていた、恐ろしい人物である。

1992年(平成4年)12月、野坂参三に除名処分の決定が下されたのであった。


山本懸蔵、杉本良吉、国崎定洞の無念は計り知れないものである‼️


◆殺伐とした時代が悪いのか、いつの世も人類は、戦争をひき起こし、他国に干渉する国々がある。


繰り返される度に犠牲になるのは、弱小で権力もない人々たちである。


一握りの人たちの欲望のために、繰り返される惨禍が再び起きないこと、世界平和を願う事は唯一の平等の願いと云えよう。


野蛮な時代の権力政府でなければ、山本懸蔵はソ連に逃げる事もなかった。


祖国の土を踏むこともなく、無念の叫びも届かず……死んで行くこともなかったと、、、

それが血も涙もない戦争なのです。

合掌

後記

現政権自民党の前身とも言える組織が、戦前、戦中、戦争反対を貫き平和への道を訴え続けた日本共産党を弾圧し続けた。


仲間同士が裏切り合う道を選ばなければならない、それが戦争でもある。


戦争で、自らわが子さえも殺してしまう、それは仕方のない事なのだろうか?


戦後も日本共産党への弾圧体制は変わらなかった。


日本政府は、他国の共産主義国と日本共産党を、一緒くたの扱いにしなければならない理由がある。


それは現政権が大企業や富裕層と塊、その地位を戦前から不動にしてきた体制を崩されたくないからである。

根底に民主主義、国民主権を否定し認めないと言う思想に他ならないのである。


いつの世も苦しめられるのは庶民であると言う事は、戦前から然程も変わっていません。




✿山本懸蔵碑
所在地=茨城県神栖市矢田部
✫関連ブログ
山本懸蔵命日 No,400-1











2020/05/23

バラの花に秘められたもの  No.223

香り高きバラのお話し

ストレスの多い現代社会において、バラの甘い香りはちょっとした気分転換やリラックスに、最適であることを知っているだろうか。


                        「アンネのバラ」

バラの魅力は、その美しさだけではなく、原種のバラの中には美容、健康にも効果的と言われているものがあり古くから医薬品やアロマテラピー(芳香療法)にも用いられてきました。

また、芳香浴や香水にも使われていることも知られていることでしょう。


医学の祖と言われるヒポクラテスの書物には、バラを使った数々の治療法、特に婦人科系の疾患に対する処方が記されています。

その事から、バラの持つ薬としての効果効能が、遠い古代ギリシャ時代から、認められていたと言うことになります。

アラビア医学の権威、イブン·シーナは、バラの冷却作用を説き、発熱には花弁をオリーブオイルに漬けたものを頭に注ぐとよいとか、口内炎にはローズウォーターが効果的と著しています。

バラの効果効能は、史実によって実証されていると言ってもよいのではないでしょうか。

    
       (原種ロサ·ガリカ)
 
1930年代頃までは、医薬品のひとつに数えられた、ガリカ種のバラは別名アポテカリーローズ(薬屋のバラ)と呼ばれました。

現代でもバラの効果効能の評価は高く、アロマテラピーには欠かすことの出来ないものになっています。

また、西洋だけではなく東洋でも、バラの活用の歴史は古く、中国ではお茶としてインドでは、治療薬として取り入れられています。

また、バラの果実はローズヒップと呼ばれ、レモン以上のビタミンCを含んでいます。

特にビタミンCが多いのは、ドッグローズ(ロサ·カリナ)の果実です。

この果実にはビタミンA,Eなども豊富で、壊れやすいビタミンCの吸収を助けます。

ハーブティーやジャム、ハーブ酒などに活用できるローズヒップは、バラのもうひとつの優れた恵みと言えるでしょう。

香料バラ産地のブルガリアには「バラの谷」と呼ばれる一帯があります。

すでに古代ギリシャ、ローマ時代には、人の手で栽培が行われていた事が知られています。

ブルガリアのバラの最初の記録は、紀元前に遡ると言われています。

当時ローマ帝国の支配下にあったこの地方は、12種類のバラが栽培され、そのうちの1種類はトラキアン·ローズと呼ばれていたそうです。


バラがヨーロッパに持ち込まれたのは、13世紀のことで十字軍が当時シリアで栽培されていた、ダマスクローズを持ち帰ったのが最初だと言われています。

ブルガリアも同様に、バルカン山脈とスレドナ·ゴラ山脈の間の地域に根づき、これが現在の「バラの谷」に繋がっています。





冬は寒く、開花期の5月から6月は多湿で、土地は水はけのよい森林系の砂地で、バラの栽培には理想的な条件を備えた地域でした。

それは現在も変わることはありません。

「バラの谷」の人々は、代々バラの精油の抽出技術を研究し続け、世界で最も高品質なバラの精油抽出法を確立してきました。

その結果、バラの精油の生産は、この地域の伝統的な産業として発展したのです。

17世紀のヨーロッパにおける、香料産業の発展に大きく貢献し、バラの精油では世界市場の位置を占めるようになっていきました。

ブルガリアにおけるバラの精油生産の歴史は、300年を超えます。

世界一香り高いと言われる、ブルガリアンローズオイル(バラの精油)それは長い歴史の中で、独特の技術を培ってきた「バラの谷」の人たちの成果である。

バラの花摘みはとても大変な作業です。

陽が高く昇ってしまうと、芳香成分が蒸散してしまうため花の収穫は、朝5時頃から11時頃まで、それは太陽との競争です。

多い人で二時間の内に20㎏から30㎏を摘みます。

一家総出で、大きな袋をエプロンのように下げ、両手で手早く摘みます。

花が一番よい香りを放つのは、満開直前のカップ型、控えめに頬をほころばせているようなバラ、花開く時が最も香り高い時です。

美しく咲いても、ここでは農産物としてのバラ収穫に携わる人にとっては、生活の糧に過ぎません。

でも、「バラの谷」の人々はバラを楽しんでいます。

バラの香りに癒やされ、微笑んでいます。

そうそれは、バラのアロマテラピー効果が畑いっぱいに広がっているからに違いありません。










  

2020/05/21

落葉樹のせん定について No.222

落葉樹の基本せん定

庭木は春になると新しい芽を出す準備行動を始めます。

やがて芽をふくらませ葉を展開しそして枝を伸ばします。

そのまま生長を続けて、7月下旬の梅雨が明ける頃になると一旦生長を止めます。

秋になると多少生長して、幹や枝が充実するが秋の終わり頃には、葉にたくわえられた栄養分が幹に移っていき、幹や根で貯蔵されます。

そして生長を中止した落葉樹の場合は葉を落とし休眠します。

〈春〉

まだ花芽が伸びていない2月から3月上旬頃までに軽いせん定、整枝を行います。

新芽が開くようになってからでは、貯蔵されていた栄養分が、新しい枝や葉の生長に向けられているのでせん定、整枝をすることによって、栄養分を落としてしまうことになります。

新芽が開き生長している時には、芽かき、芽つみ、混みすぎた枝抜き、花が咲き終わった後の花芽の分化の早いもののせん定を行います。

春は花木などを除き、樹形を整える程度の軽いせん定、整枝にします。

〈夏〉

夏は幹や枝に栄養がたくさん貯えられてる時です。

せん定すると樹勢の減退に繋がります。

春から生長してきた枝の伸びが一旦止まるので樹形を整えるために、間引き、切り戻し、芽かきなどにより、徒長枝や密生し過ぎた枝など、余分な枝を取り除く程度にします。

梅雨が明ける頃には、土用芽といって、新芽が出てくるので、刈り込みにした樹木などの刈り込みせん定を行います。

花木類では、6月から8月が花芽の分化期なので、せん定は行わないようにします。

花芽を切り取ってしまう原因になります。

※花芽分化(期)=花芽と葉芽のいずれかに分かれる時期のこと。


〈秋〉

初秋の頃は、まだ葉がついてる枝は充実期にあります。

この時期のせん定は、樹形の乱れを直す程度の軽い切り返し、枯れ枝の除去などを行います。

晩秋になって落葉した落葉樹は、冬のせん定に準じて行います。


〈冬〉

栄養分は根の部分に貯えられており、幹や枝には栄養分が少ないので、切り除いても樹勢の減退にはなりません。

特に11月から3月はせん定の適期です。

思いきって樹形を整えるために、間引き、切り戻しなどの強いせん定を行う事ができます。

花木の場合も花芽が大きくなり、他の芽と区別が出来るようになります。

せん定、整枝は木の栄養分の消耗が少ない時期を選びます。

つまり、せん定、整枝をした後に、幹や枝の切り口が早くふさがる期間に行う事が重要です。

夏の間にせん定しては、樹勢の減退に繋がります。

どうしても切り除く必要がある場合は、混み合った枝や重なった枝などに限定した軽いせん定に止めます。

◉花木類のせん定、整枝時期

落葉樹の中でも特に、花木類はせん定、整枝の時期に気をつける必要があります。

時期を誤ると、花の咲かない樹木になってしまいます。

適期は冬期せん定(12月~3月)と花後せん定の2タイプに分けられます。

この分類は花芽ができる枝、花芽ができる時期、花の咲く時期の違いによって決まります。

当年生枝の花木は冬期せん定が原則

春から伸びた枝に、その年の内に花が咲く花木が当年生枝の花木です。

休眠期に当たる冬期にせん定します。

せん定後の春から初夏に新芽が伸び、その新梢に花芽がついて開花します。

新芽が活動を始める前の冬期にせん定をすれば必ず花をつけます。

花後せん定は花柄取りや、二番花を咲かせるためのもので補助的なせん定に該当します。

当年生花木は、冬期せん定時期での花芽のつき方で2タイプに分かれる。

◉①のタイプ

葉腋の芽に花芽と葉芽の区別ができるもの。

※葉腋(ようえき)=枝と葉柄との付け根部分をいい、そこに花をつける事を葉腋に咲くと言います。

冬の休眠期に、翌春開花枝となる花芽が確認できるタイプで、その芽が伸びる前までに、花のつく花芽を考えながらせん定します。

◉②タイプ

葉腋の芽に花芽と葉芽の区別ができないもの。

冬期にほとんど芽が確認できず、冬期せん定後の春から伸びた枝(新梢)は全て開花枝となります。

そのため①と違い、芽の位置に注意しなくてもせん定できます。

◉前年生枝の花木は花後せん定が原則

「当年生枝の花木」は厳密に言うと、春から夏までの約半年間で花をつけますが「前年生枝の花木」は一年間で花をつけるものです。

花後に新梢が伸び、夏に充実して花芽をつけ、花芽は冬の間は休眠し、翌春に花を咲かせるものです。

開花時期からみて前年にできた枝に花をつける花木を言います。

花芽が休眠している冬にせん定すれば、つぼみを切り取ることになり、翌春に花が咲かないので、花後せん定が原則になります。

それも花が終わった直後のせん定が基本になります。

例えば、開花時期が遅いツツジ類などは、開花後すぐに花芽形成が始まるので、花後しばらくしてからせん定を行うと、翌春に花が咲かないことになります。

◆前年生枝の花木にも、冬の休眠期での花芽のつき方が3タイプあります。

①花芽が頂部に作られるもの

花が終わった直後にせん定します。

冬期に枝先を切り詰めると、花芽を切り取ってしまうことになり、翌春に花が咲かなくなる。

②頂芽及びその下の側芽数個が花芽になるもの。

花後せん定のほか、枝を切っても萌芽しない12月以降に花芽を確認しながら冬期にせん定する。

ただし、冬期せん定は、花芽を一部切り取ってしまうことになるので、翌春の花数は少なくなる。

③頂上から基部までの側芽が花芽となるもの。

花後せん定及び冬期せん定

冬に枝を切っても花数は減少しますが、枝いっぱいに花芽があり、確実に花をつけます。

花後に翌春の開花数を考えながら、切り詰めて冬期の軽いせん定で整枝する。








2020/05/20

常緑樹のせん定について No.221

常緑樹の基本せん定

常緑樹は、寒さに弱いので冬期のせん定は避けることが原則です。

冬は、ほとんどの常緑樹が休眠しているように見えますが、落葉樹の休眠とは違い、常緑樹は仮眠状態にあたります。

葉、幹、枝とも気温や日照時間、地温などの外的刺激を受けて、わずかな活動を続け、体内的にはホルモンなどの働きで、春の芽吹きの準備をしています。

春は芽を伸ばし、あるいは花を咲かせ、体内に蓄えた養分を少しずつ溶かして、消費して行きます。

初夏は葉もしっかり充実し始め、古くなった葉を落とす時期でもあります。

夏は花木の多くが花芽を作る時期にあたり、種子ができる時期と重なる樹も多いようです。

夏から秋にかけては、養分の貯蔵期で、消費する養分よりも製造する方が多くなり、また根も盛んに伸び活動する時期にあたります。

秋から冬は寒さに向かい、養分を幹や根の方に送り込み休眠(仮眠)状態に向かいます。

※ただし、一部の樹は花を咲かせ、種子をつける時期でもあります。

◉活動期間(4月から10月)

この間にせん定を行えば、常に緑を保てます。
この期間は、常緑樹は生長を続けるので、葉が無くなることはありません。


◉休眠期(11月から3月)

この間のせん定は、ハサミを入れる時期と位置によっては、緑を失うことにもなりかねません、従って危険性は大です。

しかも常緑樹は耐寒性に弱く、枝葉が少なくなると寒害を受ける場合があります。

この事から、常緑樹のせん定の適期は、広い意味では
4月から10月までが安全期と言うわけです。

冬の間はできるだけせん定を避け、行う場合でも枯れ枝や徒長枝、古葉を取る程度の軽いせん定に止めます。

◆樹形を観賞する樹木は7月、9月にせん定

4月から10月の活動期間の中で、6月下旬から
7月、及び9月が安定期にあたります。

それ以外の時期は、生長が旺盛でハサミを入れると、かえって強い枝を出し、枝葉への養分が分散されてしまいます。

そこで、せん定の安定期(4月~10月)の中でも、樹勢に影響の少ない6月から7月、9月がせん定の適期となります。

特に安定期の初めに行えば、その後の生長曲線は緩いので、整った樹形を長い間保つことができるので、効果的です。

※ただし、これは花芽を気にする必要のない、樹形を楽しむ庭木に限ってのことです。


◆自然樹形を維持する庭木のせん定

自然樹形を楽しむ庭木は年に、1~2回のせん定で樹形を保てます。

毎年行う場合は、年に一度、最も生長した直後の6月から7月に行うだけでもいいでしょう。

夏にこまめに行う場合は、6月から7月に一度行いそして、第2生長後の9月にもう一度行うようにします。

◉仕立て物にする庭木のせん定

人工的に仕立てる物や刈り込み物は、6月から7月と9月の他に、お正月向けに秋から冬の手入れもすることになります。

秋から冬は、せん定を避けたい期間ですが、特に寒さに弱い樹木や、秋から冬の間に古葉を落とす性質のあるものは、要注意です。

仕立て物の樹木は、誤って強く刈り込むと、葉を全て落とすことにもなりかねません。

枝枯れを起こすことにもなるでしょう。

よって、秋から冬の手入れをする場合は、全て細心の注意が必要になります。

◉花を楽しむ花木の多くは、花後せん定が有効

花木は、花芽のできる時期によってせん定の適期を考えます。

〈当年生枝に開花する花木〉

春から伸びた枝(当年生枝)に花芽をつけ、その年の内に開花するもの。

これは、花芽をつける枝が伸びる直前の3月下旬から4月にせん定します。


〈前年生枝に開花する花木〉

春から伸びた枝にその年の内に花芽をつけ、花芽はつぼみのまま冬を越し、翌年に開花するもの。
(開花期からみて、前年にできた枝に開花)

これは開花直後にせん定(花後せん定)します。

開花後に翌年の花芽の準備が始まるので、花後以外の時期では、花芽を捨てることになるからです。

◉常緑樹の強いせん定は活動期直前の3月から4月

毎年の定期的なせん定で、一定の大きさを保つには正しいせん定の時期がありますが、放任したままで、育ち過ぎた庭木を小さくする場合は、花木、樹形を眺める樹木とも、4月上旬の活動期間前が適期になります。

この時期であれば、せん定後の生長力も強く、小さくて貧弱な姿になっても、早く回復することができるからです。

常に緑を楽しむためには、強せん定は避けたいものです。
それでも行う場合は、3月下旬から4月上旬を原則として行います。
    

◉まとめ

自然樹形を楽しむ樹木のせん定
6月下旬から7月と9月の安定期に行う。

人工樹形、刈り込み物に仕立てる樹木のせん定。
6月下旬から7月と9月、及び秋から冬(12月頃)に行う。

当年生枝に開花する花木のせん定。
3月下旬から4月上旬に行う。

前年生枝に開花する花木のせん定。
花の終わった直後(花後せん定)に行う。

常緑樹を強くせん定する場合
3月下旬から4月にかけての活動期直前にせん定。










2020/05/19

ムラサキシキブ(紫式部) No.220

ムラサキシキブ 

クマツズラ科 落葉広葉樹

日本の美しい果実と言う学名がある。(Callicarpa japonica)

秋から冬にかけて紫色をした3㎜~4㎜の丸い実をつける。

初夏に咲く淡い紫色の花とともに
風情ある表情を見せてくれる庭木です。

同属別種にコムラサキがありますが、コムラサキが高さ2㍍ほどで枝が低く垂れるのに対して、ムラサキシキブの樹高は2㍍~3㍍以上になり、幹は直立するのが大きな特徴です。

また、コムラサキに比べて実のつき方がまばらなことから、観賞価値がやや低いと言われるムラサキシキブですが、むしろそこに素朴な味わいを感じると言う、根強いファンも少なくありません。


園芸ショップなどではムラサキシキブの名で鉢植えが売られていますが、その大部分はコムラサキで
こうした現状からも両種はよく混同されがちです。

同属でよく似た木が多いですが、葉の両面に毛がなく枝が丸いのもムラサキシキブを見分けるポイントです。


原産地は、日本、台湾、中国です。

北海道南部から沖縄、南西諸島まで国内の山野に広く自生しています。

和名の由来には諸説ありますが、京都では古くから「ムラサキシキミ」と呼ばれていたことからシキミ(実が枝に重くついた重実のこと)が転じてシキブとなったと言う説があり、こちらの説が有力視されていますが、本当のところはよくわっていません。

縁起のよい木として、結婚記念樹として植えられる。

この実は野鳥の大好物で、庭に小鳥を呼び寄せる木としても、ムラサキシキブは有名です。



◉植え付け、移植

11月から3月、6月から7月が植え付けの適期です。

植え穴を大きく深めに掘り、堆肥や腐葉土を十分に
混ぜ込んで埋め戻しを行ってから、苗の根土ごと植え付けて水やりをします。

日当たりがよく湿潤な場所を好みます。

萌芽力はあまり強くないので、株立ち状の自然樹形で育てます。

あまり丈が低いうちは花をつけず、また開花しても結実しにくいのもムラサキシキブの特徴です。

乾燥には弱いので水切れに注意しましょう。

◆肥料

冬期の間に寒肥として、有機質を主体に堆肥や腐葉土に鶏ふんやリン酸分の多い化成肥料を少量混ぜ、溝を掘って埋める。

追肥として主に、実のつきをよくするために8月から9月上旬頃にリン酸カリ分の多い化成肥料を
少量与えますが、チッ素分の多い肥料は避けるようにする。

◉剪定、整姿

強剪定をしてしまうと、新梢の成長が盛んになり花や実つきが悪くなります。

徒長枝には花芽がつかないので、浅めに切り戻し枯れ枝や細い枝を整理するようにします。

適期は12月から2月

全体に一定の大きさを保つには、伸び過ぎた枝の枝数を半分程度に間引き、枝先を軽く切り戻します。

花芽は5月下旬頃、梢の葉腋に生じるのでそのまま生かして結実させます。

特に2年から3年生枝から出た新梢が最もよく実をつけます。

継続して、実つきをよくするには4年から5年に1回のサイクルで付け根から切り取って株を更新します


★病害虫

※アブラムシ
春から夏にかけて発生
マラソン乳剤1000倍液を月に2回から3回散布

※コガネムシ
見つけしだい補殺する。

コガネムシの幼虫(ジムシ)は土中にいるので、根を食害して約6~8ヶ月で成虫になります。

食害されると木は立ち枯れ状態になります。

これが発見の目安になります。

5月から9月にかけて月に1~3回ほど、オルトランやスミチオンを散布し予防する。

※根腐れ病
病気に侵された落葉した葉や、害虫の越冬場所になりやすい落ち葉や枯れ枝などは、集めて処分することが防除となる。

★殖やし方
挿し木と実生で殖やします。

挿し木は5月中旬から6月中旬、8月中旬から9月中旬

実生は11月から12月中旬に採り蒔きします。







2020/05/17

ヒメリンゴ (姫林檎) No.219

ヒメリンゴ バラ科リンゴ属落葉樹

原産地 日本 中国 別名イヌリンゴ

ズミとリンゴの交配で作られた園芸品種

植物学上の正式和名はイヌリンゴですが、果実がリンゴをそのまま小さくしたようである事から、ヒメリンゴの名で親しまれています。




樹高は6~8㍍になりますが、比較的に整姿しやすいことから、庭木のほかにも鉢植えや盆栽などに幅広く利用されてます。


花はつぼみの時はピンク色で開花するに従って白くなります。

4月から5月中旬にかけて5弁の花が集まって咲きます。

鈴なりの果実は、長い期間鑑賞できるため、盆栽界では実もの盆栽として珍重されています。




自家受粉しにくい傾向があるため、結実を促すには開花期に綿棒などを使って、人工受粉するか、複数の株を植える必要があります。

盆栽では、同じリンゴ属のカイドウを一緒に栽培して受粉させることが多い。

庭木でも近くにカイドウを植えていると、実つきがよくなるようです。

きちんと受粉さえすれば実つきは非常によく、樹高50㎝ほどの盆栽で200個以上の結実が望めます。

果実は、ピンポン玉ほど大きくなるものは食べられますが、それより小さいものは酸味が強く、美味しいとは言えません。

果実酒にするとピンク色になり、ビタミンを豊富に含んだ健康ドリンクとして楽しめます。

◆生育管理

日当たり、風通しのよい腐植質に富んだ場所を好みます。

耐寒性、耐暑性はともに強く、北海道から九州に至る全国で庭植えが可能です。

たくさんの開花を促すには、日照が第1の条件になります。

★植え付け、移植

植え付けの適期は、新芽が芽吹く直前の3月頃ですが、10月から11月にもできます。

植え付けは、大きめに掘った穴に腐植土や完熟堆肥をすき込み、やや高植えにします。

樹高の伸びに比べて、幹の太り方が比較的遅いので支柱で支えます。

◉肥料

2月頃に寒肥として、鶏ふんなどをすき込むか、実つきをよくするために、6月と9月頃に油粕や骨粉などを幹と一番張り出した枝先の中間辺りの周囲に浅くすき込みます。




◆生育環境による病気

植栽環境が悪いと新葉が萎縮する縮葉病や、葉に褐色の小斑ができる炭素病などが発生することがあります。

その場合は、早期のうちに病葉を処分し、ベンレートなどの殺菌剤を散布して防除します。

◉剪定、整姿

基本樹形は一本立ちですが、1㍍ほどの高さで苗木を切り戻し、主枝を3本伸ばしてそこから副枝をたくさん伸ばすと、狭いスペースで多くの結実を促すことができます。

花芽は充実した短い枝につきます。

徒長枝は1月~2月頃に付け根付近の4~5芽を残して切り詰めます。

細い枝や逆さ枝などもこまめに付け根から切り取り、風通しをよくします。

★殖やし方

実生、接ぎ木で殖やします。

リンゴ属の種子は、一度冬の寒さを経験させた方が発芽率がよくなるので、実生は10月頃に完熟した果実から取り出した種子を、乾かないうちに蒔き戸外で管理します。

用土は赤玉土、ピートモスなどの混合土や種まき専用培養土

乾燥に注意しながら管理すると、翌春に発芽します。


接ぎ木は、充実した若枝を10~20㎝に切り、5~10㎝のつぎ穂を2本とります。

ズミ、リンゴなどの台木に切り接ぎにし、活着するまで空気穴を開けたビニール袋をかけて管理します。
接ぎ木の適期は3月です。









2020/05/16

アンネのバラに込められた思い No.218

アンネのバラに込められた思い

「アンネの日記」の著者として知られるユダヤ系ドイツ人の少女
アンネリース·マリー·フランク
(1929年6月12日生)

オランダにやって来てドイツによる占領時に、隠れ家で暮らした日々について
綴った日記、13~15歳までつけていた日記(アンネの日記)。

五歳になるまで、アンネはフランクフルト郊外のアパートに、両親と姉(マルゴット)と共に住んでいました。

1933年ナチスが権力を握った後、仕事上の事で父親オットー·フランクはアムステルダムに亡命しました。

その後残りのフランク一家もオットーに続きました。

アンネは祖父母の元に滞在した後家族の最後の一人として1934年2月にアムステルダムに到着した。

ドイツ軍は1940年5月にアムステルダムを占領。

ドイツ当局者は、ドイツ軍占領下のポーランドにあるアウシュビッツ·ビルケナウ及びソビボル絶滅収容所にユダヤ人を移送しました。

アンネとその家族はアパートでの潜伏生活を余儀なくされ、2年間個人経営会社の事務所裏にある、秘密の屋根裏アパートに住んでいました。

このアパートのことを、アンネは日記の中で「秘密の隠れ家」と呼んでいました。


 
「アンネ·フランク」


父親の友人や同僚は、自らの命を危険にさらしながらも、フランク一家のために事前に、隠れ家の準備を手助けし、食料や衣類を持ち込んでいました。


1944年8月4日、匿名のオランダ人からの密告を受けたドイツ秘密警察はこの隠れ家を発見しました。

1ヶ月後、フランク一家と一緒に潜伏していた4名(ユダヤ人)はドイツ占領下のポーランドにある、絶滅収容所のアウシュビッツ行きの列車に乗せられました。


まだ若かったアンネと姉は、労働力として選別され、ドイツ北部のベルゲン、ベルゼン強制収容所に移送されました。

その後、アンネと姉はベルゲン、ベルゼン収容所を解放するわずか数週間前にチフスのため、この世を去った。


まだ15歳と言う短い生涯だった。アンネの父親オットーだけが、家族の中で

ひとり、この戦争を生き延びたのです。

アンネ·フランクは、ホロコーストの犠牲となった100万人以上の子どもたちの失われた約束の象徴となったのです。



◉ホロコーストとはギリシャ語で「すべてを焼き尽くす」と言う意味でナチス·ドイツ政権と協力者による、ユダヤ人の組織的、官僚的、国家的な迫害及び大量虐殺(約600万人)を指す。


        ①(アンネのバラ)


自然を愛し、特にバラが好きだったアンネ·フランクの「形見」として捧げられたのがアンネのバラである。

ベルギーのバラ育種家であるヒッポリテ·デルフォルヘ氏により作出された。


★咲き始めから咲き終わるまでの間花色が変化する。

生育環境により、七色にも変化するとても美しいバラです。

秋に咲く状態が個人的には好きです。



                         ②(アンネのバラ)

1960年
souvenir  d'Anne Frank(アンネ·フランクの形見)として品種登録された。

品種名 スブニール·ドゥ·アンネフランク

日本ではアンネのバラ、アンネの思い出と呼ばれている。




        ③(アンネのバラ)

日本には、1972年のクリスマスの日にアンネの父親オットー·フランク氏より寄贈された。


◉アンネのバラ教会

世界で唯一のアンネ·フランクを記念し資料館を運営する教会である。

資料館には、アンネの父親から寄贈された、アンネの貴重な写真類に加ほとんど現存していないアンネの遺品を所蔵している。



                       ④(アンネのバラ)


庭にはアンネ像を囲むようにしてアンネのバラが植えられている。

アンネのバラ教会


兵庫県西宮市甲陽園西山町4-7

世界平和を願うすべての人々の象徴としアンネのバラが愛されることを願う。

心を込めて世界へアンネの憧れを胸に………

✿年間の記録写真として



         「アンネのバラ3月5日撮影」


   「5月14日撮影」









酸性化について考えて見よう No.217

酸性化と植物環境

酸性雨

大気中には354ppmの二酸化炭素が含まれている。

これが大気中に浮遊しています。
雲粒や雨粒に溶けると、弱い酸性を呈する。

大気中の二酸化炭素が雨に溶けて、平衡に達した時のpHは5.6~5.7で弱酸性。

ところが、硝酸や硫酸などの汚染物質を含んだ雨は、pHが3~4あるいはそれ以下になることがある。

pHの値が5.6よりも低い雨は、酸性雨と呼んでいる。

酸性雨による被害は、世界各地で森林被害や湖沼の酸性化として現れている。

日本は雨が多いため土壌が酸性化しやすい。

年間降雨量が1000㎜を超える地域では、土壌が酸性化する。

◉酸性ミスト(大気汚染物質)
大気中に浮遊している液体粒子状物質の1成分で、硫酸イオンや硝酸イオンなどを含み、それ自体が酸性になっている大気汚染物質のことをいう。

酸性ミストは、科学的に活性が強いため、人間や動物に有害である。

◆土壌酸性化の原因

アンモニアイオンやカリウムイオンは、作物に養分として吸収されるが、硫酸イオンや塩素イオンは作物にあまり吸収されずに、硫酸や塩酸などの強酸となって、土壌中に残るので土壌が酸性化してくる。


さらに、アンモニアイオンの一部は土壌微生物の硝化作用によって、硝酸イオンに変わる。

この硝酸イオンは、それ自体でも酸性化の要因となる。


また、土壌に吸着されないで水の浸透に伴って根系外へ流亡する。

その時にカルシウム、マグネシウム、カリウムなども一緒に流れ出すので土壌が酸性化しやすくなる。

土壌内部で生産される酸の代表は、土壌生物や植物根からの炭酸及び、クエン酸、ショウ酸、フルボ酸などの有機酸である。

干拓、耕地造成、客土などの際に、その土壌に硫化鉄が含まれていると、酸化されて硫酸が生成、土壌が酸性化することがある。

硫黄温泉や鉱山の廃水を灌がい水として用いた場合や、工場🏭から出る排煙に、酸性物質が含まれている場合に、局地的な土壌の酸性化が起きる。




土壌が酸性になるとアルミニウム、鉄、マンガンなどが活性化して、土壌溶液中に解離してくる。

カルシウム、マグネシウム、ホウ素、モリブデンが不足し、リンもアルミニウムと結合して不溶化する。

※そのために作物の生物は著しく阻害される。

また、土壌の保肥力も小さくなる。

◉酸性肥料

※水溶性が酸性を呈する肥料のことをいう。
①過リン酸石灰(遊離酸)

②重過リン酸石灰(遊離酸)

③リン酸アンモニウム(酸性塩)

④グアニル尿素(強酸と弱塩基の塩)

土壌に施された後、植物に吸収されずに残る副成分などによって、酸性化したりアルカリ性化するものがある。

そのため、すべての酸性肥料が土壌を酸性化させる訳ではない。

また、畑地では肥料に含まれる硫酸根や、硝酸性(態)窒素(速効性窒素)の蓄積によっても酸性化する。

このため畑地では、有機物の補給とともに、酸性改良は重要な管理法である。

★硫酸根
水田の基肥には適さない。
多量施すと濃度障害を起こし、吸湿性が強いので保管には注意がいる。


オリーブ モクセイ科 No.216

オリーブ 常緑樹

和名カンラン(橄欖)

原産地は、地中海東部沿岸から小アジアにかけての地域で、地中海沿岸全域のヨーロッパ、北アフリカに幅広く分布しています。

五千年以上前から栽培されていた、人類と関わりの深い果樹です。

人類最古の栽培植物の一つと言われ、紀元前三千年頃にはすでに、クレタ島やシリアで栽培されていたとの記録がある。

今では、地中海沿岸の他、インド、北米、南アフリカ、オーストラリアなど世界的に栽培されています。

品種の数は1000以上に上ると言われています。

果実や油がヨーロッパ料理に欠かせないほど、多く用いられている。

国連旗のデザインにも使用されるなど、欧米人にとって極めて重要な植物になっている。

樹高(直立)は7~10㍍に達します。

5月から6月に乳白色の小さく可憐な花が咲き、芳香を放ちます。




果実は最初緑色で、10~11月頃に完熟して黒紫色になります。




日本には安土、桃山時代にポルトガル人の宣教師がオリーブ油を持ち込んだのが最初で「ほるとの油」(ポルトガルの油の意)と呼ばれていました。

江戸時代末期に苗が伝わり、明治に入ってから香川県、岡山県などの瀬戸内海沿岸地域を中心に、オリーブ油の採取を目的とした栽培が始まりました。

香川県小豆島や岡山県牛窓町は、オリーブの名産地として知られており、オリーブは香川県の県花、県木に指定されています。

★1年を通して日当たり、水はけのよい場所を好みます。

日照時間が長いほど、開花結実がよくなり、日照が悪いと枝が細り生育もよくありません。

乾燥に強く丈夫な樹種ですが、高温多湿を嫌います。

梅雨期は排水に十分注意して管理します。

耐寒性は比較的強く、乾燥気味に管理して土の凍結を防げば関東地方までは、庭植えで越冬可能です。

◉植え付け

酸性土壌を嫌うため、植え付け時は10日ほど前に石灰を土にすき込み、弱アルカリ性土壌にします。

植え穴は大きめに掘り、完熟堆肥、腐葉土などを十分にすき込み高植にして支柱で支えます。

植え付けの適期は3月~4月と9月~11月です。

東北、北海道地方では鉢植えにし、冬は室内に取り込みます。


自家受粉出来る品種もありますが、大半が自家不結実性なので、果実を収穫したい場合は、別品種の株を近くに植える必要があります。

◈花粉量の多いネバジロブランコなどを受粉樹として隣植するとよいでしょう。

★ピクルス用の樹木として
マンザニロ、セビラノなど

★オリーブ油用の樹木として
ルッカ、ミッション、ネバジロブランコなど

★ピクルス用の品種には、実が黄緑色の状態で収穫するものと、紅紫色に熟してから収穫するものがあります。


単植でも収穫が望める品種はセビラノ、ミッション

◉肥料
庭植えは、毎年2月根回りに溝を掘り、配合肥料を200~300㌘埋め込みます。

生育状況に応じて、9月頃に同様のものを追肥します。

鉢植えは、4月に玉肥を4~5個置き肥し、収穫するようになったら、果実肥大期の6月と収穫後の10月に2個追肥します。

◆剪定、整姿

◈庭木としてのオリーブは、自然樹形で育てます。

生長は比較的遅いので、苗木を育成中のオリーブは特に切り戻しなどの剪定は行いません。

成木は徒長枝や弱々しい枝を根元から切り落として整姿します。

大きくなると強風などで倒れることごあるので、樹冠の上部が重くならないようにし、必要に応じて支柱をつけます。

込み入った枝も切り取りし、風通しをよくします。

◈鉢植えは樹形が出来るまで切り詰め剪定で枝を出し、主枝ができたら徒長枝、密生枝、弱小枝などを間引き剪定して樹形を保ちます。

◉果実管理

小果が多数けつし、隔年(一年おき)結果の習性があるので、結果数が多い場合は、混んでる場所を適当に摘果してやると大果に育ち、隔年結果も防げます。

◆病害虫

灰そ病の予防のため、発芽前の2月に石灰硫黄合剤10倍液を散布します。

オリーブゾウムシが発生したら、マラソン乳剤1000倍液を散布して駆除します。


✪オリーブオイル
オリーブオイルは、果実から得られる生のジュースのようなものと例えられます。

それだけに果実の状態がストレートに品質に反映されやすく、収穫品質に大きく影響を与えます。

オリーブの実は緑色からだんだんと赤味を帯びて、紫、黒色に熟し、熟せば熟すほど油分は多くなります。

世界的な傾向として近年では、高品質のエキストラヴァージンオリーブオイルを得るために、緑色の若い実を収穫する「早摘み」が主流となっている。








2020/05/15

グミ No.215

グミ グミ科

原産地、日本産13種、ヨーロッパ南部、北アメリカ

落葉性と常緑樹がある。

落葉性は耐寒性が強く全国で庭植えができる。

常緑性は耐寒性が弱いので関東地方以南が適地です。

落葉性のグミはほとんど全国で栽培でき、花は4月から5月に咲き、結実は6月から7月になる。

常緑性のグミは、花が10月から11月に咲き、幼果で越冬して、翌年4月から5月に熟す。


◉落葉性のグミ

トウグミ(別名/ダイオーグミ、ビックリグミ)

ナツグミ、アキグミ、マメグミ、ナツアサドリ、ニッコーグミなど

◉常緑性のグミ

ナワシログミ、ツルグミ、マルバグミなど

日当たり、水はけがよければ土質を選ばず育ちます。

庭植えは、1月から2月に根回りに配合肥料を50~80㌘まき浅くすき込みます。

鉢植えは、赤玉土6、腐葉土3、川砂1の混合土に植え、日当たりのよい場所へ置きます。

3月に玉肥を3~4個置き肥します。
植え付け移植の適期は3月頃



◆剪定

立ち木性の種類は主幹仕立てにしますが、場所が広ければ、双幹仕立てにしてもよいでしょう。

徒長枝や混み合った枝を間引き剪定し、結実する位置が上へいかないように制限します。

ツル性の種類は垣根仕立てにして、ツルかを伸びすぎたり混み合ったりしないように剪定します。


鉢植えは、模様木仕立てにして、4年ぐらいで樹形を仕上げます。

その後は、間引き剪定で結実枝と樹形を保ちます。


①苗木の植え付け
一般に春3月に行います。

排水をよくするために植え穴に堆肥や腐葉土をすき込み、肥料類は混ぜないようにします。

②一年目
1年目の冬に地上50~60㎝の高さで先端を切り詰めます。

③二年目
2年目の冬に、新梢の3分の1程度で切り詰めます。

下枝は元から切ります。

④三年目
3年目の冬に新梢の3分の1程度で切り詰め、残す方の主枝以外は切ります。

⑤四年目
大体の樹形ができてきますので、手入れのしやすいように、高さ2.5~3㍍くらいで主枝の頂点で芯を止め、混み合う枝や下垂枝を切り、日光がよく当たるようにします。

着果の習性は一年枝(新梢)の基部に開花して、そこに実がつきます。






2020/05/14

樹木はなぜ大きくなるの?世界の巨樹巨木No.214

樹木が大きくなる秘密


植物には形成層という組織があり、この部分の細胞が分裂し、古い細胞の上に新しい細胞が次々と積み重なるという特殊な成長様式が巨樹となることを可能にしているのでしょう。

もう1つ巨樹になる秘密は、繊維細胞組織にあります。

細胞を構成するセルロースが強くしているのです。

◉セルロース、セルローズとも言う(cellulose)とは

植物性繊維の主な成分をなす白い炭水化物のこと。

植物細胞の細胞壁及び、植物繊維の主成分で天然の植物質の3分の1を占め、地球上で最も多く存在する炭水化物(多糖類)で繊維素とも呼ばれる。

木材は昔から建築材料として使われ、その秘密に木材の構造と強度があると言えるでしょう。


◉世界一高い樹木 セコイア=ハイペリオン

世界で最も高い樹は、アメリカ合衆国の国立公園及びカルフォルニア州の州立公園内にあります。

レッドウッド国立·州立公園
(世界遺産)

レッドウッドと言う樹種(スギ科セコイアメスギ属)でその高さはなんと113㍍、こんなに高くなれるのも細胞を構成するセルロースが鉄筋や鉄骨と同様の働きをするからです。

この木の樹齢は六百年以上で幹回りは13.5㍍


         (レッドウッド)


◉世界一体積のある樹木

世界で最も体積のある樹は、アメリカ合衆国西海岸のヨセミテ国立公園内にある、ジャイアントセコイアという樹種(スギ科セコイアオスギ属)でその高さは61㍍

根元の周囲が29㍍もあり、樹齢は約2.700年です。

グリズリー·ジャイアントという愛称が付けられている。

(グリズリー·ジャイアント)

◉長生きの理由と寿命

レッドウッド·ジャイアントセコイアが長生きできる理由は、樹皮の厚さにあると言われています。

レッドウッドは樹皮の厚さが30㎝、ジャイアントセコイアは60㎝以上あります。

この地域では山火事で多くの樹木が焼失してしまうのですが、厚い樹皮が山火事から樹を守っているのです。

他に巨樹として有名な樹種は、ニュージーランドなど南太平洋地域に生息するカウリでナンヨウスギ科の植物てす。

世界一成長が遅い樹木、世界で最も古い樹木とも呼ばれている。

ワイポウアの森にある国内最長樹齢のカウリは、樹齢約二千年、幹の直径は5.2㍍


         (カウリ)

日本では屋久杉(スギ科)が知られていますが、これらの長寿である樹木は針葉樹が多いようです。

それは、針葉樹が出す樹脂に長生きの秘密がありそうです。

広葉樹などでは、枝折れした傷口などから菌が侵入し、心材が腐朽することで、やがて樹が枯死してしまう原因になります。

針葉樹では、その傷口を樹脂ですぐにふさいでしまうので、腐朽できなくなると考えられるからです。

しかし、木は必ず巨樹になるわけではありません。

木材腐朽菌(キノコ)がいるので、このキノコ菌がセルロースなどを分解すると倒木してしまいます。

つまり、多くの樹がこのキノコ菌との戦いに敗れ、やがて枯れて倒木してしまうのです。

この事が樹の寿命を大きく左右していると思います。

◆高い樹木になぜ水は上昇するの?

根から吸収された水は、導管を通り重力に逆らって葉の先端まで昇っていきます。

たとえ100㍍高い樹でも水は昇っていきます。

それには理由があります。

①葉からの水の蒸散によって葉が水不足になる。

②水の凝集力(水の分子の結び付く力)はたいへん強く、どんなに強い力を働かせても、めったに水の流れが切れることはない。

③水が細い管の中を昇っていく毛細管現象。

植物に対しての毛細管現象は、植物が根から水や養分を全身に運ぶ自然の力として存在している。

◉病原菌と戦い続けている樹木たち

材質腐朽病害は微生物により腐朽する被害で、ほとんどの場合は、木材腐朽菌類と呼ばれる一群の菌類によって引き起こされる。

★針葉樹の材質腐朽病害の例として
◈樹幹腐朽として重要なもの
※チャアナタケモドキによるサンブスギの、非赤枯性溝腐れ病

※モミサルノコシカケによるモミ類の溝腐れ病

※カラマツカタワタケやチウロコタケモドキによるカラマツの樹幹腐朽などがある。

◈根株腐朽として重要なもの
※ヒノキのキゾメタケ病、ヒノキなどのナラタケ病

※カイメンタケやハナビラタケによる、エゾマツやコメツガの根株腐朽などがある。


◉溝腐れ病

糸状菌の一種で不完全菌類に属し、赤枯病、羅病苗木が植栽されることによって、林地で発生する病気である。

樹幹を中心にして、巻き込みができず縦溝を作る。


        (溝腐れ病の樹木)

◆赤枯病

小枝に褐色から暗褐色の病斑が形成される。

主軸や小枝では、病斑がその部位を一周すると、その上部が鮮やかな赤褐色に枯れる。


実生苗は病気になりやすいが、挿し木苗は品種により抵抗性に差異がある。

※赤枯病による主軸や小枝の胴枯れ型病斑は、造林後に溝腐病に進展する。

◉セコイア·キングスキャニオン国立公園(カリフォルニア州)



(セコイア公園にあるジャイアントセコイア)












2020/05/13

鉢植えのバラの花が咲かない No.213

バラの花が咲かない原因として

鉢植えの場合、土の量に限りがあり、養分が不足しがちです。

同じ土で水やりを繰り返すので団粒構造が崩れ、通気性や排水性が悪くなって、株を弱らせる原因になります。

そのようになれば、肥料の効果もなくなり、花つきが悪くなってしまいます。

土の団粒構造を保つためには、基本的に毎年鉢土を全部取り替える必要があります。

根詰まりを起こしている場合もあります。

通常植え替えは休眠期(11月~2月)に行います。

地上部の枝を剪定した後、鉢から抜き取り根鉢の土をほぐしてすべての土を落とします。

根が乾燥しないように、バケツに水を張って浸けておきます。

一回り大きな鉢にすることが多いですが、根の状態を見て、鉢の大きさは判断した方が良いと思います。

赤玉土7、腐葉土(またはピートモス)3の割合の混合土に元肥として、油粕、骨粉、草木灰などを等量混ぜたものを鉢の大きさに応じて、大さじ1~2杯ほどすき込んで植え付けます。

根は四方に広げて置きます。

太い根を折らないように注意して曲げいれます。

最後に鉢土の表面に、ピートモスを2㎝ほどの暑さにひいてマルチングします。






2020/05/12

アケビ(通草、木通) No.212

アケビ アケビ科

別名アケビカズラ

日本の山野に自生するツル性落葉樹で、他の樹木に巻き付いてよじ登る性質があり、また寒さに強く丈夫なためアーチや垣根に仕立てやすい植物です。

秋に果実が完熟し、果皮が縦に割れることから実が開くので開け実が語源と考えられている。

果実を採るための適した地方は、夏涼しい山形県や長野県が向いている。

葉が3枚のミツバアケビは、主に北海道から九州地方まで広く栽培され、葉が5枚のアケビは東北地方を中心とした本州から九州地方、朝鮮半島まで栽培される。

寒天状の果肉には多くの種子が包まれていて、食べにくいが、甘く自然な風味が味わえる。

果皮は一夜、水でさらしてアク抜きしてから、軽く焼くか、油で炒めると食用にできます。


花は春に咲き色は淡紫色です。

小葉が3枚で紫紅花の花が咲くミツバアケビとアケビの雑種が5枚の小葉を持つゴヨウアケビです。

果実の色も品種によって異なり、黄色や薄紫色などがあります。

アケビに似たムベは、トキワアケビの別名がある。

果実は紫色に熟すが果実は開かない。




自家不結実性(自分の花粉では結実しにくい性質)があるので、別の株を2本(アケビとミツバアケビ)以上混植するか、別の花の花粉を人工受粉します。

前年に伸びた枝の腋芽が花芽となり、短い枝に果実がつく性質があります。

実がなるのは庭植えのもので3~4年

鉢植えのもので3年目くらいからです。



生育場所

庭植えは土層の深い日当たりの良い場所が適しています。

植え付けは11月から3月に行います。

直径50㎝、深さ50㎝程度の植え穴を掘り、腐葉土10~15㍑、油粕1㍑を混ぜ合わせながら埋め戻します。
                                           
その上に何も混ぜていない土を盛り、根を広げて植え付けし、先端を切りたっぷり水を与えます。

鉢植えの場合は、11月~12月、2月~3月に植え付けます。

支柱を添えて植え付けし、先端を切り暖かい場所に置きます。

水やりは鉢土の表面が乾いたらたっぷり与えます。

果実管理

果実はなるべく小さいうちに摘果を行います。

摘果をしないと1個の実が小さくなってしまいます。

1ヶ所に多くの実がついたら、形のよい大きな実を2個残して、あとは摘み取ります。

9月~10月頃、果皮が十分色づき柔らかくなってきたら、果実が避けてしまう前に収穫します。

肥料、施肥

もともと山野に自生している植物なので、腐葉土や堆肥などの有機物を中心に与えます。

開花結実するようになったら5月頃に化成肥料を30㌘施します。

木の周囲にばらまいて土にすき込むようにします。

収穫後、12月から1月頃の間に堆肥と鶏ふん、油粕、化成肥料を株回りに穴を掘り埋め込みます。




害虫

6月~7月にアケビコノハの幼虫に葉を食べられてしまうことがあるので注意が必要です。

成虫は見つけ次第捕殺します。


剪定

剪定期間(12月~3月)

実つきを良くしたり、フェンスや垣根仕立てにするためには、2年目の1月から2月頃整枝剪定をします。

主として伸ばす枝以外の新梢はかき取り、ツルで木が覆われないようにします。

同時に弱い枝は間引きし、充実した短い枝を残します。

株元から出たひこばえも取り除きます。

フェンス仕立てでは、主枝にする枝は他の枝などに巻き付けないように、まっすぐ伸ばし、ヒモで固定(誘引)してあげます。

主枝の左右には側枝を出させて、これをバランスよく誘引していきます。

3月上旬から中旬に新梢を10節ぐらいの所で止めるようにします。

鉢植えの場合は、11月~12月頃、新しく伸びた枝や込み合うところは適度に間引きます。

3年から4年すると大きな芽がつき、これが花芽となるので、切らないように注意します。

あんどん仕立て、支柱仕立て、株仕立てなどにして、枝を短く切り戻します。

増やし方
実生や挿し木で殖やします。