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2026/10/06

日米沖縄協定は米国による植民地協定 No.873

 日米沖縄協定

(沖縄返還協定·1972年)

日米安保条約そのものが植民地条約である。

沖縄県は名ばかりの植民地解放地であり、実質的には米国の軍事的植民地である。

日本帝国主義の敗戦

ベニート·ムッソリー政権の崩壊(1922年10月〜1943年7月)イタリアの降伏(9月)、ヒトラー·ドイツの降伏(1945年5月)に続く日本帝国主義の降伏によって、第二次世界大戦は軍事的には終結しました。

ソ連による占領

スターリンは平和条約の締結も待たないで、1946年2月には千島列島をロシア共和国領に編入し、47年2月に連邦憲法、48年3月にはロシア共和国憲法を修正してこれをソ連領とした。

その際、北海道の一部であり、ヤルタ協定でさえ「引き渡し」の対象になっていない歯舞、色丹についてもロシア共和国領への編入を強行した。

連合国の中でこのように乱暴な領土拡張を行った国はソ連の他にはない。

ヤルタ協定による「千島引き渡し」は、連合国間での秘密の取り決めであったが、この取り決め自体がカイロ宣言の「領土不拡散の原則」を引き継いだポツダム宣言に背き、第二次世界大戦の戦後処理に不公正を持ち込むものであり、国際的正義の立場に立って是正されなければならない誤りであった。

実施されなかったとはいえ、スターリンは北海道の北半分を占領する計画さえ持っていた。

この誤りは、戦後の日ソ関係に否定的影響をもたらす大きな要因の一つとなった。

米国による植民地占領条約の締結

日本帝国主義が降伏した時、日本国民と国土はアメリカの原爆攻撃で壊滅した広島·長崎をはじめとして、戦争による荒廃と混乱の中で惨たんとした状態にあった。

敗戦の年(1945年·昭和20年)の工業生産は、戦前の1〜2割に下がり、交通、運輸は麻痺するという有様だった。

国民は何百万という近親者を失った悲しみや、初めての外国軍隊の占領の不安などの中で、家や職を失い、また物資の欠乏と飢えに苦しめられた。

これに対して日本政府は、天皇家、大地主、独占資本家、高級軍人、特権官僚などの支配階級は天皇制の護持のみを願い、国民の苦しみをよそに軍や政府の物資を横領隠匿し、生産をサボっていた。

隠匿(いんとく)=物や犯人を隠すこと

日本に進駐した連合軍の主体はアメリカ帝国主義の軍隊であり、日本は事実上アメリカ軍の単独占領下に置かれるという一面を持っていた。

アメリカは、第二次世界大戦末期の沖縄戦以後、沖縄を直接の軍事支配下に置き、日本占領後も本土と切り離して米軍直轄の特別地域とした。

日米沖縄協定(返還)協定は1972年、琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定である。

沖縄の施政権をアメリカから日本へ返還

安保条約の適用と米軍基地の継続提供

日本側からアメリカ側への特別支出金(総額3億2000万ドル)の支払い

日米地位協定の目的

在日米軍の施設、区域の使用や米軍人、軍属らの日本国内における法的地位を規定。

主な課題、問題点として、米兵などが事件、事故を起こした際の日本の警察権や裁判権の制限に対する懸念。

沖縄をはじめとする地元自治体からは、抜本的な日米地位協定の見直しを求める声が繰り返し上がっていたが、自民党はこれを無視して強行採決を行った。

自民党や日米支配層は「施政権返還」を前面に押し出して世論の支持を引きつけ、日本共産党その他を「返還反対」勢力として孤立化させようとしたが、日本共産党は国民が真にのぞむ沖縄全面返還協定を対置して、自民党の策略を暴き、協定の発表に先立って1971年4月には、日米秘密交渉の全貌を詳細に明らかにして、その屈辱的、侵略的な内容を糾弾した。

71年7月の第5回中央委員会総会(共産党)では、沖縄協定批准反対、沖縄全面返還、安保条約反対の立場に立つ全ての勢力の共同闘争を提唱し、社会党、公明党、各民主団体に広く申し入れた。

沖縄協定を批准する第67臨時国会(71年10月16日〜12月27日)で、日本共産党議員団は協定の分析と沖縄現地調査に基づいて、核基地、核部隊の問題、謀略部隊の存在などを暴露し、協定の本質と具体的内容を解明した。

国会内外の闘争を通じて、日米沖縄協定に批判的な世論が非常に強まったが、自民党は12月17日、衆院沖縄特別委員会で「強行採決」の暴挙に出た。

その暴挙は国民の一層大きな怒りを呼び、2日後には27万人という60年安保闘争以来の大規模な大衆行動が展開され、44の産業別労働組合(単産)、200万人がストライキに参加した。

1972年(昭和47年)5月15日、日米沖縄協定が発効し、戦後27年間続いた米軍による沖縄の直接支配は一応終わった。

しかし、米軍基地は残され、同時に新しく自衛隊が配置された。

アメリカ帝国主義と自民党政府の合作による1972年の日米沖縄返還要求をそらせながら、米軍基地を存続させたままの施政権返還によって、日米軍事同盟を侵略的に強化するものになった。

侵略的、屈辱的な沖縄協定の発効で、サンフランシスコ体制は再編され、沖縄も本土とともに「半占領下」に移されたのである。

日米軍事同盟は、日米沖縄協定によって1960年の安保改定につぐ新しい段階に入った。

戦後81年米兵による犠牲者

「A」
出典:しんぶん赤旗より


「A」10月5日首相官邸前で、政府の米軍への厳重な抗議·申し入れ、地位協定の改定を訴える人たち。

沖縄県那覇市で米兵による女性強盗殺人が起きたことを受け5日夜、総がかり行動実行委員会青年プロジェクトチーム(PT)、フェミブリッジ東京など5団体は「女性への暴力を許さない!」官邸前緊急行動を行い、参加者は次々と怒りの声を上げました。

参加した青年は、「戦後81年たったが沖縄の人々の生存権は奪われ続けている」と述べ、日米地位協定改定と、米軍基地の永久追放を目指そうと強調しました。

1人の母親という人は「20歳の青年が簡単に殺人を行うのは普通じゃない。武器を手にした人と話し合いはできない」と述べ、基地を撤去し、日本人の命と人権を守ってほしいと話しました。

さらに「小泉進次郎防衛相は米軍に何も言えないなら辞めるべきだ」との訴えもあった。

政党からは辰巳孝太郎衆院議員(共産党)、福島瑞穂(社民党党首)、高良沙哉参院議員(沖縄の風)、有田芳生衆院議員(民主改革の会)が連帯あいさつを行った。



「B」
出典:しんぶん赤旗より

「B」アメリカ大使館前で「米軍は謝れ」「米軍は出て行け」と声をあげるデモ参加者=6日、東京都港区

沖縄県民がSNSで呼びかけた、沖縄での米海兵隊による強盗殺人事件への抗議行動。




「C」
出典:しんぶん赤旗より

「C」抗議と怒りの声をあげる人たち、名古屋市中区

沖縄県出身者らでつくる「命(ぬち)どぅ宝あいち」は5日夕、那覇市で3日に女性が殺害された事件で、米海兵隊員が強盗殺人容疑で逮捕されたことを受け、緊急抗議行動に取り組みました。

下校途中の高校生らも飛び入りで参加し、40人以上が怒りの声を上げました。

一連の市民行動を取り上げ、報道するメディアは皆無に等しく、日本では何万人が集まり訴えが起こされても、政権に屈したメディアは報道をしない、出来ない。

日本のメディアはもはや危うい状況下にあると言えるだろう。


米軍関係刑法犯5000件

米軍関係者(米兵、軍属、家族)が刑法犯で検挙された事件が、1989年から今年5月までに全国で4998件起きたことが警察庁の資料で判明しました。

約半数(49.0%)の2447件が沖縄県に集中している。

全国76の米軍専用基地のうち31が沖縄県に集中しています。

基地負担の大きさが米軍犯罪の多さに直結しています。



出典:しんぶん赤旗より

米軍関係刑法犯総件数

(1989〜2026年5月)




沖縄県の全国比6割超えは1989年以降では2002年に初めて記録(60.4%)されて以来20年間ありませんでしたが、近年は23(61.0%)、24年(65.2%)、25年と連続しています。

こうした状況に日米両政府は、何ら実効性ある対策を取らないままです。

米軍関係者刑法犯のうち殺人、強盗、放火、不同意性交等などの「凶悪犯」は全国で266件、その中で沖縄が129件と約半数の48.5%を占めています。