緑のお医者の徒然植物記

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緑のお医者の徒然植物記

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2026/06/26

あの頃の僕は No.850

200海里規定で船団崩壊末路へ

200海里(約370km)とは

世界各国が沿岸から200海里を「排他的経済水域(EEZ)」や「漁業水域」として設定し始めたのは1977年(昭和52年)今から49年前のことです。


排他的とは、自分たち以外の部外者や他者を受け入れず、締め出そうとする態度や性質のことです。


1973年から始まった国連海洋会議を前に、1976年頃から「主要国が一方的に水域の設定を宣言」しました。

1977年3月1日にアメリカとソ連(当時、現ロシア)が実施したことを皮切りに日本も同年7月1日から実施しました。

これにより、沿岸国は200海里以内の水産資源や鉱物資源に対して、排他的な権利を持つことになり、日本の遠洋漁業も大きな転換期を迎えることとなった。

アメリカとソ連の200海里水域における時刻の権利宣言に伴い、遠洋、沖合漁業の捕獲量が激減、日本が操業できる漁場はどんどん狭くなっていった。

この200海里水域規定は、1996年に国連海洋法条約が発行されたことで国際的な制度として正式に確定しました。


200海里水域が実施されてから2年後の1979年に小生は巻き網船に乗った。

すでに学歴社会、どんな仕事に就こうとも高卒と言う学歴がつきまとった。

それはのちに船乗りを辞めて田舎を離れた地方で強く身につまされた現実でした。

離島には漁師か自衛隊かの選択肢でしかない時代が長かった。



「左の運搬船に捕獲魚を積み込んでいる状態」

 

鳥取県境港の水産会社の巻き網船に乗って、北海道釧路へ

配属されたのは運搬船(第38千鳥丸)で、捕獲した魚を積み込んだあと港へ入港し、市場付近の埠頭で荷揚げしていた。

当時は16歳、賄い飯をひとりで作りながら本来は荷揚げ作業はしなくてもよかったのだが、人手不足もあって賄い飯を作らなければならない時間帯のぎりぎりまで荷揚げ作業をしていました。

「船員手帳」






1週間に1回の食料品の買い出しもひとりで行うが、知らない土地での買い出しは大変だった。

買い出しを行ったお店のおばさんに船まで送って貰うのがお決まりでした。

一度に1週間分の食料品を買うので段ボール箱が数個になった。

月に一度の1週間の休みのときは、主に釧路の幣舞橋の袂に船が接岸された。


幣舞橋(ぬさまいばし)は、釧路川の河口近くに架かる市のシンボルで、「北海道三大名橋」の1つで、世界三大夕日に数えられる美しい夕景や、橋上の春・夏・秋・冬(四季)のブロンズ像(日本初の橋上彫刻)裸婦像が有名です。



「夕日に映る幣舞橋·ブロンズ像」


1889年に木橋として架けられて以来、現在の橋は5代目となります。

北海道三大橋=札幌の豊平橋、旭川の旭橋

幣舞橋=釧路市北大通1丁目




1週間の休みの間、船の寝台で寝る船員はほとんどいなかった。

皆そこそこに行く所があったのだろう。

遊びも知らない小生には無縁だった。

釧路市には喫茶店が多くあった、思い出の喫茶店は「太陽の顔」と言う錦町にあった喫茶店、今は存在しない思い出の喫茶店。

200海里水域の付近では中国船籍の船が魚を獲ってその船上で缶詰にしていた。

日本の水域まで入り込んでいた。

海上保安庁が警告を発して追っ払っていたがなかなか退避しない船も多かった。


中国船籍の行為は日本の漁獲量にも影響を与えていたようだ。

巻き網業は乱獲的な方法だと思う。

資本主義的な捕獲行為では、いずれ衰退することは目に見えていたと思う。

巻き網は魚が網の中で暴れるため、魚が傷つきやすく鮮度が落ち、生食に適さないことが多く、そのため加熱用や加工用で用いられることで消費されていた。

それでも港みなとでは、住民のために大きなかごに魚を入れて置くと袋を持った人が自由に魚を持っていったものです。

一度だけ釧路市場で荷揚げ船がいっぱいで、荷揚げできなくなったことがあった。

荷揚げ出来る港を探した時、青森県久慈市で荷揚げ出来る事になり、釧路沖から久慈まで向かった。



時間が経ちすぎて、鮮度を保つための氷も溶けて臭いまでする状態だった。

食べ物としては利用出来ない、、ところが魚価は高くついた。

肥料用として高値がついたのです。

しかし、荷揚げ作業する船乗りには臭くてたまらなかった事を覚えている。

歩合制であったため、その時の給料は40万円と言うものだった、ちなみに基本給は11万円。

船長や機関長、局長、漁労長は甲板員の2倍の給料なので80万円です。

冷凍会社も多くなっていたことも乱獲に拍車をかけたと思います。

日本の全体的な漁獲量は養殖も含め、1984年をピークに減少の一途を辿っていった。


「出典:北海道まき網漁業協会」


1979年頃にはすでに、労働環境の厳しさや待遇面で若手の新規就業者が不足し始めていました。

日本の遠洋漁業や巻き網船などの沖合漁業は年々、燃料価格や潤滑油の高騰、漁具や発泡スチロールなどの資材費の値上がりや深刻な船員の高齢化、人手不足により、投網回数の減少とともに漁獲量も落ち、市場の競りや出荷時間にも間に合わず、魚価が下落する悪循環にか陥っていった。


漁業の衰退の最大の原因は「乱獲」であり、また、200海里水域規定と言う制度でり、持続可能な漁業を進める政策を打ち出さなかった政府の責任でもある。

漁業で成り立っている離島では死活問題になり、ほとんどの巻き網業の水産会社は倒産してしまった。

2010年から2030年の海域別の水揚げ量が、世界全体では23.6%と予測されていますが、日本の海域だけがマイナス9%となっている。

つまり、この予測から世界中で日本の漁業のみが衰退して将来性がないとみられています。


農業制度と同じく国内自給率を下げ続けている日本、輸入に頼る事を選び続ける悪政が続くなら、緊急事態での食糧難は避けられないことは明白だろう。


遠い昔から引き継がれてきた我が故郷の漁業産業、船団、漁業船員たちの雇用は完全に崩壊、消えて無くなってしまった。



日本のまき網水産業、船団を崩壊させたのは、資本主義政策の乱獲競争と200海里水域規定を宣言し、その流れの基を作ったアメリカとロシア(当時はソ連)である。









2026/06/25

アガパンサス·ブラックジャック No.849

 アガパンサス·ブラックジャック

ヒガンバナ科(旧分類はユリ科で2002年4月時点表記されていました)

アガパンサスは南アフリカ原産の多年草(旧表記は宿根草)

18世紀にヨーロッパへ渡って品種改良が進み、日本には明治時代に伝わったとされます。

花は5月下旬から8月頃、初夏から梅雨の時期にかけてが見頃です。

アガパンサス·ブラックジャックは、世界最高峰の国際フラワーショー「英国チェルシーフラワーショー2023」の品種部門で最優秀賞(Plsnt of the Year)を受賞した世界注目の最新品種です。



「アガパンサス·ブラックジャック」


黒に近い美しい濃い紫色の花を咲かせ、暑さや乾燥に非常に強く、初心者でも育てやすいのが特徴とされています。

耐寒性もマイナス7℃まで耐えるため、多くの地域で地植えが可能です。

花期かを長く長期間連続して開花します。

若いうちからか花が付きやすい性質を持ち、草丈は50〜80cm程度です。

日当たりが良く、水はけのよい場所を好みます。

乾燥には非常に強い反面、生育期は水切れを起こさないように注意が必要です。

肥料は骨粉などを混ぜた肥沃な土壌を好み、定期的に有機肥料を与えるとよく育ちます。

アガパンサス·ブラックジャックがこの春、福岡市内の園芸店などで日本初となる一般販売を開始しました。











2026/06/22

ゴーヤーで夏バテ解消 No.848

 ゴーヤー ウリ科、淡色野菜

原産地=インド、熱帯アジア

正式名称=ツルレイシ(蔓茘枝)、ニガウリ(苦瓜)





ゴーヤーとゴーヤ

ゴーヤーと言う発音は沖縄での本来の発音で方言に近い呼び方

ゴーヤと言う発音は沖縄県外に広まる過程で言いやすく省略化された呼び方

ゴーヤーにレイシ(茘枝)の漢字が使われている理由は、果実の表面にあるデコボコした突起や形が熱帯果物レイシ(ライチ)に似ているからです。

ライチはムクロジ科の常緑高木で、世界三大美女のひとり楊貴妃がこよなく愛したフルーツとしても有名です。



「ライチ=レイシ」


ゴーヤーの伝来

日本へは江戸時代(慶長年間)1596〜2615年頃に、中国を経て沖縄(琉球王国)に伝来したとされています。

当時は強い苦味から「ニガウリ」と呼ばれ、主に観賞用や薬用として扱われていました。

沖縄の伝統的な健康野菜として長い間栽培され、1990年代以降の沖縄料理(ゴーヤチャンプルーなど)のブームによって全国的に人気となり、家庭の食卓にも並ぶようになりました。

本土では最初、鹿児島県の薩摩地方や宮崎県などの南九州の一部の地域でのみ消費されていました。

夏の定番野菜のほか、夏の強い日差しを遮る「緑のカーテン」としても日本中で親しまれています。

現在では、鹿児島県、宮崎県が沖縄に次ぐゴーヤ生産地となっています。


ゴーヤなぜ苦い!?

ゴーヤには「モモルデシン」という成分が含まれています。

このモモルデシンが独特な苦味成分です。

モモルデシンは胃液の分泌を促し、食欲を増進させる働きがあると言われているため、夏バテで食欲が落ちがちな時期にはピッタリの食材なのです。

他にもビタミンCが豊富に含まれ、特に捨ててしまいがちな「ワタ」の部分には果肉の1.7倍ものビタミンCが含まれているのです。

キャベツの約2倍のビタミンC、レモンの約1.5倍以上のビタミンCがあるとされています。

一般的にビタミンCは熱に弱い成分ですが、ゴーヤに含まれているビタミンCは熱に強いという特徴があります。

そんなビタミンCが豊富なワタを食べるには、ワタがついたままのゴーヤを輪切りにしたものを天ぷらにしたり、ワタを味噌汁の具にするのもオススメです。

栄養を逃さないためにはゴーヤを切ったら水洗いしない。

ビタミンCなどの水溶性栄養素が水に溶け出してしまうのを防ぐため、水洗いは避けます。

苦みが苦手な場合は、薄くスライスして塩もみするまたは、サッと湯通し(10〜20秒)すると食べやすくなります。

美味しいゴーヤの見分け方

美味しいゴーヤは鮮やかな濃い緑色で重みがある。

表面のイボが硬く、ハリがあり、つぶれたり傷ついたりしていないもの。

イボの大きさがそろって密についているものが新鮮とされます。

ゴーヤの効能

血圧を下げるカリウム、体内の余分な塩分(ナトリウム)を尿と一緒に排出するため、むくみ対策や高血圧予防に効果的とされています。

抗酸化作用があり、紫外線によるシミ予防やコラーゲンの生成を助けます。

肝機能を助け、血糖値を下げる効果も期待できます。

腸内環境を整え、便秘解消や免疫力アップするにつながります。


明らか食品

薬が売れなくなるから健康野菜を公式に認めないと言う声は、製薬業界や自然療法における長年のジレンマです。

しかし、今日では厚生労働省も認めるように野菜は「明らか食品」としてビタミンやミネラル、食物繊維などを豊富に含み、病気の予防や健康維持に不可欠な役割を果たしています。

「明らか食品」とは、誰が見ても明らかな食品のことで、野菜や果物、生鮮食品、一般的な加工食品(豆腐、納豆、味噌、パンなど)、調味料等が明らか食品に該当します。

健康食品は医薬品と誤解されるような売り方をすると薬機法違反となります。

しかし、誰が見てもあきらかな食品であればそれを医薬品と誤解する人はいません。

明らか食品は薬機法の適用のないゾーンであり、効能を述べても薬機法違反とはなりません。

薬機法とは医薬品医療機器等法の訳です。

「野菜を食べれば病気が治る」といった表現は、薬機法によって厳しく規制されています。

正しい医療を受けるため、病気が悪化するのを防ぐための制度ですが、近年では科学的な研究に基づき、特定の成分が健康維持に役立つことを「機能性表示食品」と表示できる制度も導入され、野菜の機能性は着実に公式に認められるようになっています。

薬は治療や治癒の役割

野菜は身体の調子を整え、病気にかかりにくい身体を作るという予防の役割


育て方

ゴーヤーの種子は硬く水を吸収しにくいので、爪切り等で種子の突起した部分を切り、一昼夜ぬるま湯につけてから播種します。

高温性作物なので適温は25〜28℃、夜温は15℃で管理発芽させ、35〜45日位で苗を育てます。






苗を植え付けた後真っすぐに直立して一番早く伸びるのが親ヅルです。

親ヅルは本葉が5〜6枚、または1.5mほどの高さまで伸びたら先端(生長点)を切り取る「摘芯」を行います。


「赤丸印、最初に伸びるのが親ヅル」


「A図」


先端を切り取ることで栄養が行き場を失い、「A図」脇から勢いのある「子ヅル」が2〜3本発生します。

この子ヅルと更にその先に発生する「孫ヅル」をたくさん広げることで身が付きやすくなり収穫量も増えてきます。


定植後は、ネットやテープを利用し、3〜4本仕立てで横または斜めに誘引して、果実に日光が当たるように摘葉します。



「ネットを手づくり」


「株高30cmで植え付けてみる」



「一株で緑のカーテン」





収穫は15〜30cm(品種により異なる)の長さ程度を目安として早朝に収穫します。


収穫期は関東などの中間地なら7月上旬から9月頃までですが、10月頃まで収穫できる場合もあります。

苗の植え付け時期や地域の気候によって異なりますが、開花から約15〜20日後が収穫のタイミングとなります。











2026/06/11

人生が苦しいのはあなたのせいではない No..847

 一切皆苦(いつさいかいく)

人生が苦しいのはあなたのせいではない、生きていれば思い通りにならないことのれんぞくである。

それは生きることそのものの構造だからである。

あらゆる人生は苦痛である。

これは絶望の言葉ではない。

苦しみを「例外」ではなく「前提」として受け入れことができてはじめて人は楽になれるという意味の言葉です。

生の欲望それ自体が「苦痛」であるという教えを仏教界では「一切皆苦」と言う。

人間はいつか全て死にゆく存在である。

だから、欲望や執着、所有欲がどれほど空しいかを知る必要がある。

名声、権力、知識などは自分が死んでしまえば全て泡と消えてしまう。

この事実を知り、欲望の波をうまく治めることが心の幸せを得る第一歩なのです。

「一切皆苦」は全て苦しみだから諦めろと言う意味ではなく、苦しみの根っこにあるのは「欲望」であり、その欲望がある限り苦しみは終わらないという構造を見抜いた言葉です。

一切皆苦は仏教における基本的な考え方の一つで、この世の全ての現象や人生は、思い通りにならない「苦」であるという意味。

お釈迦様は苦しみが生まれる本当の原因は、自分中心の物の見方や「思い通りにしたいという執着」にあると説きました。

人生のままならなさをネガティブに諦めるのではなく、現実を深く見つめ直すことで無駄な苦悩を手放すための「智慧=ちえ」として説かれています。

智慧は仏教用語として用いられている、人生の真理や物事の本当の姿を見抜く力のこと。

名声が欲しい、もっと認められたい、もっと持ちたいと心から強く望む、切実に欲求する、その渇望(かつぼう)が満たされる度に次の渇望が生まれる。

知らず知らず終わりのないレールを自ら走り続けている。

得た物全ては死の前では等しく泡と消えてしまう。

どうせ消えるものだと理解すれば、執着の力も少しは緩んで行くだろう。

「求めない」は諦めではなく「技術」だ。

欲望は消すことではなく「治める」ことだ。

欲望の波が来るのを認めながら、それに飲み込まれない距離をとることである。

求めることをやめるのではなく、求める自分を静かに観察する、それがこの哲学が教える心の幸せへの最初の一歩である。

何かを強く求めた瞬間に「これは欲望の波かも知れない」と一呼吸置くことだけでいい。

そう解くのは19世紀を代表するドイツの哲学者『アルトゥル·ショーペンハウアー』である。



「ショーペンハウアー/1788.2.2〜2860.9.2」


知的能力が高い人であるほど、ひとりで過ごそうとする傾向が強まり、知的能力が低い人であるほど誰かと一緒にいようとする傾向がある。

知的能力とは、新しい情報を学び、論理的に思考し、問題を解決し、環境に適応するための総合的な力を指します。

単なる知識の量ではなく、「知識をどう活用するか」という脳の働き全体を意味します。

言葉を理解し、情報を素早く正確に処理する力。

物事の筋道を立てたり、見えない概念(大まかな理解や考え方)を理解したりする力。

一時的に情報を頭に留めながら別の作業をこなす力。


ショーペンハウアーは、孤独を単なる「寂しさ」ではなく「精神の自由」を得るための必須条件と捉えました。

人間が完全に自分らしくいられるのは一人の時だけであり、孤独を愛さない者は自由を愛さない者であると説きました。

孤独は自由の証

ショーペンハウアーは、他者と群れることは自分自身を偽ることであり、本当の自己に戻れるのは一人でいる空間と時間だけだと考えました。

他人の評価や世間の期待から距離を置くことで、初めて心の平穏(へいおん)と自由を手に入れることができます。

人生の幸福は「自分が何者であるか」にかかっていると述べています。

内面が空虚(くうきょ)な人は孤独に耐えられず、他者や刺激を求め続けます。

しかし、優れた精神や豊かな内面を持つ人は孤独を最高の友とし、自分の内側から喜びを生み出すことができます。

他人への過度な期待を手放し、無用なストレスや煩わしさから身を守ることができるとしました。










2026/06/10

カクタスペア(サボテンの果実) No.846

 カクタスペア

ウチワサボテンの果実

別名=プリックリーペア、トゥナ、仙人掌
サボテンは日本名、カクタスは英名

カクタスペアの歴史

ウチワサボテンの果実の歴史は、メキシコを中心とした中南米で少なくとも8000年以上前にさかのぼります。

古くから先住民族の貴重な栄養源として重宝され、現在に至るまで世界各地で愛されている砂漠のスーパーフルーツです。

緑の野菜が少ないメキシコでは古くからノパール(ノパル)やトゥナ(果実)は貴重な食料や薬用植物として扱われていました。

「A」花芽が付いている状態のサボテン、開花後に果実(カクタスペア)となる。


「A」


「ノパール=ノパル·若い茎節」

ノパール/ノパルはウチワサボテンの食用部分でトゥナはウチワサボテンの果実のカクタスペアの別名。

大航海時代に世界へ伝播


16世紀にスペイン人などのヨーロッパ人がアメリカ大陸へ到達した際、サボテンが洋ナシに似ていたことから「プリックリー·ペア」と名付けられました。

その後、スペインやポルトガルの船乗りたちによって、航海中の壊血症予防の役割を担いながら世界各地へと持ち込まれたとされています。

壊血(かいけつ)病·症とは、体内のビタミンCが著しく不足することで引き起こされる病気のこと。

体内でビタミンCを合成出来ない人間が、新鮮な野菜や果物を極端に食べない生活を続けることが原因で、ビタミンCは、細胞や血管をつなぐ「コラーゲン」を作るために必須の栄養素です。

ビタミンCが不足すると毛細血管が弱まり、全身からの出血につながります。


大航海時代以降、温暖で乾燥した気候を持つ地中海沿岸のイタリアやスペインなど、中東、アフリカ北部などへ伝わって各地の風土に根付いていったとされています。


特にイタリア南部のシチリア島などでは特産品として定着し、現在では世界18カ国以上で商業生産が行われています。


シチリア島のカクタスペアはイタリア語で「フィーキ·ディ·インディア」と呼ばれる初秋の風物詩で、市場やスーパーで気軽に購入できる定番のデザートとして親しまれています。

8月から11月頃にかけて熟し、赤、黄、緑など色によって風味が異なる。

スイカやキウイに似たジューシーな甘酸っぱさが特徴とされています。


カクタスペアの効能

豊富なビタミンや食物繊維を含み、抗酸化(ポリフェノール)作用やデトックス、腸内環境の改善(便秘解消)、生活習慣病の予防に優れた健康効果が期待できる果実です。

赤や黄色の果肉に含まれる「ベタレイン」と言う色素は、活性酸素を除去し、血管を若々しく保つため、動脈硬化の予防や美肌効果に役立ちます。

優れた利尿作用があり、体内の余分な水分や老廃物を排出する効果があります。

中性脂肪やLDL-コレステロールを下げる研究報告もされています。

血糖値の上昇を緩やかにする作用があると言われています。



「カクタスペア100gあたりの成分表」

カクタスペアの食べ方

カクタスペアはスイカや梨に似たみずみずしい食感が特徴とされます。

そのまま食べる他、ジュースやジャムにも適しています。

炭酸割りやカクテル、ヨーグルト、スムージーのベースなど

化粧品(サボテンシードオイル)にも利用されています。

カクタスペアの表面には肉眼では見えにくい無数の細かいトゲ(芒刺=ぼうしや刺座=しざ)があります。


「刺の根元に白く見えるのが刺座」


刺座とは、サボテン科の植物だけが持つ特有の器官で、トゲの付け根にある綿毛やフェルト状のクッションのような部分のことで、全てのトゲはこの部分から生えてくる、英語で「アレオーレ」とも呼ばれます。

素手で触らないよう注意が必要です。



「カクタスペア·ウチワサボテンの果実」


トゲを処理する場合は、包丁の背やピーラーをつかって表面のトゲを削り落とすか、皮ごと薄くはぎ取ります。

実を立て、上から下へ皮を削ぐように剥ぐと安全に果肉を取り出せます。

メキシコなどの原産地では、ガスコンロの直火でサッとあぶり、細かいトゲを焼き取る方法も行われています。

果実の中には小さな種がありますがそのまま飲み込むか噛んで食べます。

どうしても種が気になる場合はジュースにするとよい。



関連プログ
ウチワサボテン No.634
果実から殖やすウチワサボテンの生長記録 No.651














2026/06/01

戦争と食糧難と貧困とさつまいも No.845

 主食がさつまいもだった幼少期

1972年、小生が9歳だった頃、我が家の主食はさつまいもだった。

その当時の総理大臣は誰だったかと、、調べる所からこのブログ記事は始まりました。

当時の総理大臣は佐藤栄作氏で、第60代総理の池田勇人氏から引き継がれた。

1972年(昭和47年)の頃、さつまいもは戦後の食糧難の回復に伴い、「主食」から「おやつ」や加工用への用途転換期を迎えていた一方で、東北大学などの当時の長寿村調査では、一部の農村地域で野菜の約半分がさつまいもであるなど、植物性食品を中心とした伝統的な食生活が根付いていることがわかりました。




かつての貴重な救荒作物であったさつまいもは、主食としての役割は減少したとされました。

しかし、過疎地では主食としてのさつまいもの役割は消えていなかったのです。

本土では高度経済成長を経て白米などの消費が主流となっていった。

この時期、焼き芋やでんぷん原料などの用途転換や生産過剰への対応が農業上の課題となっていた。

東北大学が行った長寿村、短命村調査では、沖縄県などの長寿地域において、さつまいもが日常の食卓に頻繁に上るなど、健康的な植物性主体食の重要な要素として機能していたことが指摘されています。

かつてさつまいもは、昭和30年(1955年)に史上最高の約718万トンの年間生産量を記録しました。

現在の年間生産量は約100万トンとされることから、当時の生産量がいかに凄い量であったのかが伺えます。

なぜ生産量が多かったのかと言うと、その背景には第二次世界大戦の深刻な食糧難を乗り切るためと言う理由があり、国策として大増産が行われたからです。

戦後も主食の「米」が不足していたため、貴重なエネルギー源として大量に栽培が続けられていました。

その他さつまいもは、食用以外にも軍用機の液体燃料(アルコール)の原料や、戦後の高度経済成長期に向けて、家畜や飼料やでんぷんの原料として大量消費されました。

戦争になれば食糧難になることは、歴史上で証明されている事実です。

多くの人々の好きな食べ物まで奪ってしまうのが戦争です。

江戸時代さつまいもは、救荒作物や庶民の主食とされたため、富裕層は意図的に食べていないとされています。

米を主食とする身分制度の中で、貧しい人々が食べるのが「芋」とされ、そのため食べなかったとされるが、富裕層や武士は白米を食べることを誇りとし、さつまいもを食べることは身分が低いことの表れとみなされていたようです。

しかし、背に腹は代えられないと言うそれ以外に選択肢がない、差し迫った状況においても食べなかったのだろうか?

もしかしたら富裕層が食べる白米は確保されていたのではないだろうか。

稲作農家は作るだけで自分の口には入らないお米、食べてはいけないと言う制度、漁師もまた、鯛をとっても食べてはいけないという身分制度がまかり通っていたのではないかと思います。

第二次世界大戦中、多くの兵士は戦わずして餓死でなくなったと言われています。

日本から遠く離れた戦場、ジャングルの中で戦時中、とてもまずいさつまいもを栽培していたとの事実があります。

そんな状況下でも食べ物に困らなかった、つまり身分制度にも似た体制が戦時中にもあったのではないだろうか。

再び戦争になれば、政権(独裁)によっては同じことが起きる可能性があります。

戦時中の金持ちは、一般的な配給(すいとんや雑炊など)ではなく、農家との直接交渉や闇市(やみいち)を利用して白米や肉、魚、卵を日常的に食べていました。

官僚や軍の幹部は料亭で贅沢なコース料理を楽しんでいました。

戦時中や戦後の混乱期において、富裕層や特権階級が闇取引(経済統制違反)で捕まらず、見逃されやすかったことは歴史的事実です。

一般の庶民は厳しく摘発された一方で、富裕層やエリート層は捕まらなかった。

その理由として、警察や官僚との癒着(賄賂)酒やタバコ、砂糖など高級な闇物資を警察の幹部や官僚に賄賂として贈り、摘発の情報を事前に得たり、見逃させたりしていました。

庶民のように露店(闇市)で売買するのではなく、富裕層等は自身の邸宅に商人を呼び寄せるなどし、警察の目が届かない私的空間で取引(隠密取引)を行っていました。


旧日本軍や政財界のエリートが、大量の軍需物資や貴金属を民間企業などに横流しして隠す事件が多発しました。


これは組織的に隠蔽されたため、警察は簡単に手を出せなかった。

統制経済によって国家の流通が完全に麻痺していたため、政府や警察の上層部自身も闇ルートを完全に潰すと社会が崩壊することを知っていました。

そのため、あえて特定の大型取引を黙認することもあったのです。

そんな状況下で、法を守る立場である判事が「立場としてヤミ米は食べない」と拒絶した結果、栄養失調で餓死する真面目な国民もいたことも事実である。


唯一、救荒作物としての役割を果たせなかったさつまいもの悲しさである。






富裕層や特権階級だけが闇取引で私腹を肥やし、捕まらないという強い批判が当時の社会には渦巻いていました。

現在の自民党高市政権、政府を見ている同じ時代に戻りつつあると思えてなりません。

防衛のためと言いながら私腹を肥やす、、武器輸出、裏金、大企業からの献金のための政策優先なのかと、、何をやってもそれこそ捕まらない。

食糧難に喘いだ時代のように取り残されるのは一般庶民だけのようだ。


関連プログ
救荒作物サツマイモ N.572
大飢饉を救ったのはさつまいも No.578
戦争とさつまいも No.580










2026/05/27

有胚乳種子 No.844

 有胚乳種子(ゆうはいにゅうしゅし)

有胚乳種子とは、発芽に必要な養分を胚乳という組織に蓄えて種子の中で成長する植物のことです。

胚乳のある種子は種子が発芽するときの養分とるものです。





無胚乳種子よりも進化していないものとされているもので作物ではイネやムギ、ソバなどです。

モモ、スモモ、アンズ、ビワ、ウメ、アーモンドはバラ科に属し、有胚乳種子と呼ばれています。



「ビワの種子」


アミグダリン

バラ科の植物の種子に含まれているアミグダリンという成分は、体内の酵素によって分解される際に、青酸(シアン化合物)という強い毒を発生させるため大変危険です。

一度に多量摂取すると頭痛、めまい、嘔吐、重症の場合はけいれんや呼吸困難などを引き起こす危険性があります。


かつてビワの種にはビタミンB17が含まれるなどとして、ガンに効果があると誤解されていた時期がありましたが、現在は科学的に明確に効果が否定されています。

「ビワの果実」



ビタミンB17が含まれているのは間違いないことであるが、ガン治療薬として認められるか、認められないかは肯定も否定もできないかも知れない。

利権が絡めば良かったこともねじ曲げてしまう現代社会です。

これまでも世界中で研究がなされ、良いとされていたものが明確にその効果を否定する。

全く疑う余地はないのだろうか?

いろんな著書の中でもその効果を認めていたのです。

基本的に薬というものは毒から成り立っているようなものではないかと思う。














2026/05/26

戦争国家完成狙う日本政府 No.843

 憲法9条2項の空洞化

無制限の自衛権付与

自衛隊を憲法に明記する案の発信源は日本会議

自衛隊明記案を提案したのは安倍晋三氏である。

2017年5月3日、日本会議系改憲集会で安倍首相が「9条1項、2項を残しつつ、自衛隊を書き込む」との提案から大きく発展した。

2018年の3月には自民党条文イメージとして、9条2項「前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず」そのための実力組織として…自衛隊を保持する。

憲法上の存在へと「格上げ」される自衛隊に対し、2項は「必要な自衛の措置」を妨げない…自衛権の行使を制限しないとします。

「自衛」には個別的自衛権と集団的自衛権が含まれます。

9条2項の「戦力不保持」規定により、自衛隊の武力行使に課せられてきた「必要最小限度」と言う限定も消えます。


自衛隊は、無制限の集団的自衛権行使をはじめ、海外での武力行使に制約のない軍事組織に生まれ変わります。

2項を削除し、自衛隊明記することは「2項空洞化」です。


日本会議(改憲右翼団体)とは、1997年(平成9年)に「日本を守る国民会議」と「日本を守る会」と言う2つの保守、宗教系団体が統合して設立された国民運動団体とされています。

超党派の国会議員懇談会が組織されるなど、歴代の自民党政権、特に安倍晋三政権などの主要な支持基盤の一つとして、強い政治的影響力を持つことで知られています。

日本会議の最重要とする主張は憲法の改正である。

つまり、自民党が党是とする憲法改正そのものです。

占領軍(米国)によって制定された憲法であるとの主張の下、現行憲法を日本の自主憲法へと制定することを目標としている。

米国に押し付けられたとする憲法との主張下で、日米同盟が自民党により存在することになったのは矛盾である。

安倍氏のブレーンである日本会議政策委員の伊藤哲夫氏は、主宰する右派シンクタンク「日本政府研究センター」の機関誌『明日への選択』(2016年9月号)で、「憲法9条に3項を加え、但し前項の規定は確立された国際法に基づく自衛のための実力の保持を否定するものではない」といった規定を入れると「加憲」を提案していた。

さらに同誌で同年11月号で、同センター研究部長の小坂実氏は、中国や北朝鮮などの”脅威“を強調し、自衛隊の能力を制限する9条2項は「障害物」である、「速やかに9条2項を削除するか、あるいは自衛隊を明記した第3項を加えて2項を空文化させるべきである」と加憲の狙いが、9条2項の空文化=死文化にあるとあからさまに述べています。


2017年3月15日に開いた日本会議国会議員懇談会総会では、「憲法改正の優先課題」を確認し、緊急事態条項の創設と並んで憲法に自衛隊を位置づけることを明記し、国際法に基づく自衛権を行使する組織として憲法に位置づけるという案を確認した。

その1ヶ月後の5月3日の日本会議系改憲集会で安倍首相の提案となった。

日本会議議連会長の古屋圭司衆院議員は、2017年10月に開かれた日本会議系集会で、日本会議議連の改憲プロジェクトチームでも9条1項、2項を触らないで自衛隊を明記する考えもあると議論してきたとし、安倍首相に資料を全部届けた、ずっといろいろ考えながら、1番いいタイミングで憲法記念日の5月3日にやったと、しっかり計算しながら対応してきたと、安倍首相の提案は日本会議の発案に基づくものだと「成果」を誇っています。

このように9条2項を空文化する策略は周到に計画されたものであった。


大軍拡推進の中で改憲を急ぐ高市首相

米国は台湾海峡を含むインド太平洋で強固で準備が整った、信頼できる抑止を維持している、日本は我々が西太平洋において直面するいかなる緊急事態でも最前線に立ち、相互に支援しながらともに立ち向かうと18年3月に来日したヘグセス米国防長官はこのように発言している。

現在の軍拡と改憲の動きの背景に、米国の対中強硬論と、そこへ日本を引き込む強い圧力がある。

それに答えるかのように高市政権は、長射程ミサイルの配備をはじめとする攻撃的な兵器の装備や軍事費の国内総生産(GDP)比3.5%を見据える大軍拡計画、武器輸出禁止三原則の廃棄、非核三原則の見直しなど、平和国家のルールの破壊を推進し、これに対し憲法9条が立ちはだかる中で「憲法違反」とする市民の声が大きく拡大しています。

限定的集団的自衛権にとどまる下で、米中の衝突だけで日本は戦争に参加することはできない。

装備や権限を拡大しても、戦争国家を完成させるには9条2項がどうしても障害となっており、そのためこれを取り払う衝動を強めているのです。

集団的自衛権行使が無制限に可能となれば、米国の無法な戦争に自衛隊が加担することへの歯止めを失ってしまいます。

日本の自国防衛と関係のない米国の戦争に自衛隊が駆り出され、自衛隊員は殺し殺される状況に追い込まれます。

日本国民の生命、安全も脅かされることになります。

しかし日本政府は、米国の違法な侵略を一度も批判したことがありません。

その事こらも日本国民は、深刻な危険に直面していると言えるでしょう。

日本国内に居る他国出身者の命も同様に危険に晒される事は間違いありません。


憲法9条2項の制約とは

憲法9条2項の「戦力不保持」規定のもとで、明確な軍事力である「自衛隊の保有」は違憲の矛盾を抱えます。

日米支配層は自衛隊の創設後、9条改憲を幾度か試みましたが国民の平和世論に押されて実現しませんでした。

そこで政府は、自衛隊を9条2項が禁止する「戦力」に当たらない「必要最小限の実力」だと説明してきました。

自衛隊の武力行使は「我が国に対する攻撃を領域内から排除する」ことに限定し、相手国領土まで侵入、占領したりはできないものとしてきました。


海外派兵や集団的自衛権の行使など「自衛」を超えた武力行使は禁止、攻撃的兵器の保有も禁止されました。

個別的自衛権を抑制的に行使するとの制約を設けることで「国際標準の軍隊てはない」とし「戦力」に当たらず合憲としてきました。

阿部政権の下で、集団的自衛権の行使を一部容認する「憲法解釈変更」の閣議決定がされたことで安保法制が具体化されました。

ただ存立危機事態に限定されました。

いわば自国防衛の論理で集団的自衛権の行使を位置づけたもので、国民の生命、安全の危険の発生発生という限定を設けたのです。

ここにも9条2項の制限がまだ生きており、米国への攻撃だけでは参戦できません。

ところが高市首相は「米軍が攻撃されている時に逃げて帰れば日米同盟は潰れる」と述べています。

これこそが高市首相が9条2項の削除、空洞化に固執する最大の理由と言えるだろう。


自衛隊明記の危険な流れ

自衛隊明記について注目すべきは世論の反応です。


「出典:しんぶん赤旗より·26年5月26日付」


9条改憲には反対であるが、9条1項、2項はそのままで、いまある自衛隊を書き込むだけなら何も変わらない、問題ないと受け止める世論である。


自民党の9条改憲条文イメージをみれば自衛隊明記が2項削除と法的に同じ意味を持つことがわかります。

警鐘

ここに錯覚があり、国民の思考も危険な状態と言えるだろう。



しんぶん赤旗より引用、抜粋、文章編集















2026/05/22

幻の青いケシの花 No.842

 ヒマラヤの青いケシ

ケシ科 学名=メコノプシス 英名=ブルーポピー

幻の花と呼ばれるヒマラヤの青いケシ

原産地は標高3000〜5000㍍の過酷な環境であるヒマラヤ山脈周辺、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、チベットを含む中国西南部(雲南省など)の高山地帯

一部の品種は中央アジアや西ヨーロッパにも自生しています。

メコノプシス属は世界に約50種ほど確認されているが、種類によって育つ環境が違う。

種の多くは開花後枯死する1年生植物で、発芽率も良くないので継続して栽培するのが難しいことでも知られています。

日本の多くの地域では夏が越せず栽培は特に難しいとされています。

寒冷な気候のヨーロッパにおいては、比較的栽培しやすいとされています。







日本で鑑賞できる主な場所

清泉寮(清里高原)

清泉寮(せいせんりょう)は清里高原の森と牧草地に囲まれた観光施設

5月中旬〜6月中旬頃にかけて特別公開が実施されます。

山梨県北杜市高根町清里3545


白馬五竜高山植物園


7月頃にかけて見頃を迎えます。

長野県北安曇郡白馬村神城22184-10
エスカルプラザ

六甲高山植物園


西日本では数少ない屋外で鑑賞できる。
5月中旬から見頃を迎えます。

兵庫県神戸市灘六甲山町北六甲4512-150


百合が原公園


「世界の庭園」エリアなどで栽培されています。
5月中旬〜6月頃に開花

北海道札幌市北区百合が原公園210


ヒマラヤの青いケシは開花後、3日〜1週間ほどで散ってしまうため、各施設の最新開花情報をチェックする必要があります。










2026/05/20

ミニトマト No.841

 トマトの歴史

トマトはナス科の植物

トマトの原産地は南アメリカ、ペルーやエクアドル周辺のアンデス高地やガラパゴス諸島です。

トマトの伝来には諸説があり、メキシコに渡り先住民族(アステカ族など)によって作物として栽培化されるようになったとされています。

16世紀初めの大航海時代にスペインの探険家たちによってジャガイモなどとともにヨーロッパへ伝来したとされ、当初は毒がある観賞用とされていましたが、品種改良や食文化への適応を経て現在のような野菜へと進化しました。


実際には葉や茎に微量の毒素があるが、実に毒があると誤解され、長らく観賞用や珍しい植物として扱われてきました。

食用へ転換されたのは18世紀頃で、飢饉に見舞われたナポリ(イタリア)などでやむを得ず食べ始めたことをきっかけとして、徐々に美味しいさなどが認められていった。

名前の由来はメキシコの先住民族の言葉の「ナワトル語」で「膨らむ果実」を意味する「トマトゥル·Tomatl」がトマトの語源とされています。


日本へは17世紀半ば(1670年頃)の江戸時代に長崎へ伝わったのが最初とされ、日本でも当時は食べ物として扱われず、観賞用や薬用として扱われていました。

唐柿やサンゴジュナスなどと呼ばれていました。

一般的に食べ物として食べられるようになったのは明治時代以降のことで、特にカゴメ創業者である蟹江一太郎氏が、1899年(明治32年)に本格的な栽培、普及に尽力したことが有名となっています。


日本のトマト加工業は、カゴメによって明治41年にトマトケチャップが製造されたのが最初とされています。

実は最初にトマトの加工を手掛けたのは、明治9年にアメリカから帰国した大藤松五郎氏でしたが、加工したトマト缶詰はすぐに腐ってしまい製品化されませんでした。
 
その後加工業は足踏み状態の時代が続いていました。




「ミニトマトの花」



主な野生種

ソラヌム·ペネリー

葉や果実の表面からアシル糖と呼ばれる粘液(糖脂質)を分泌し、虫を寄せ付けない性質があります。

乾燥や高温、ストレスに強いことから品種改良の重要な研究対象種となっています。

ソラヌム·ハプロカイテス

栽培種と遺伝的に離れているが、交配が可能である。

生体防御に関わる有用(害虫忌避成分など)な遺伝子を持っています。

忌避(きひ)とは嫌って避けること


ソラヌム·チェスマニアイ

ガラパゴス諸島に自生し、高い塩分濃度にも耐えることができる耐塩性を持っています。


トマトの表面や茎に生えている産毛

正式にはトライコーム(毛状突起)と呼ばれ、強い光や害虫から身を守るための重要な防御システムとして機能しています。

虫を寄せ付けない害虫忌避成分を含んでいることもあります。

しかし、ナス科のいくつかの植物では、トライコームの揮発成分が害虫を捕食する昆虫を誘引することも知られています。


また、トライコームには強い日差しを和らげたり、気孔から水分が奪われ過ぎるのを防ぐ働きがあります。

この産毛がしっかり生える株が元気で健康な状態である株のバロメーターとなっています。

なお、実についている産毛は収穫後に触れたり、洗ったりすることで自然に取れていくので口に入られても全く問題はありません。





「花後の実と枝につく産毛」


わき芽は順次に摘み取る

主枝(メインの茎)と葉の付け根から生えてくる小さな芽(脇芽)は、放置すると株が混み合い実に栄養が行かなくなるので、5〜10㌢ほどの短いうちに手で摘み取ります。



「赤丸印=わき芽」

切り口痕が早く乾き、病気にかかりにくくするため、晴れた日の午前中に摘み取ることが重要です。

わき芽を手で持ち横に倒すようにすると「ポキッ」と取れます。

ハサミを使う場合はウイルス病などを予防するため、株ごとにハサミを消毒することが必要です。

一度にたくさんのわき芽を取ってしまうと株が弱ってしまう原因になる場合もあるので、数日に分けて少しずつ取る必要もあります。

雨の日や濡れた手で摘み取りを行うと、切り口痕から病原菌が入りやすくなるので避ける必要があります。


摘み取ったわき芽を挿し木にする

わき芽が大きく育ち過ぎた場合は挿し木にします。

または、秋どりの予備苗などに株を増す。

10〜15cmほどに切り取り、下葉を落として2〜3時間ほど水に浸す水揚げを行った後に、湿らせた土に挿すと新しい苗として育てることができます。

約1〜2週間で発根

一番最初の花房のすぐ下から伸びる勢いのあるわき芽を残して、主枝と合わせて2本立てにすると収穫量を増やすことも可能です。

わき芽が小さ過ぎると成長が遅れ、大き過ぎると水分が足りずに枯れやすくなるので注意します。

水挿しで発根させる場合は、直射日光を避け、明るい室内に置き管理します。

毎日水を取り替えて発根するまで待ちます。

根がしっかり生えたらプランターや地植えにします。

少し深めに植え付けるか、茎を横(斜め)に寝かせて植えると根の張りが良くなります。

また、株元から伸びるヒコバエも(10〜15cm)挿し木苗として育てることができます。







ヒコバエの挿し木苗にはすでに花芽が付いていました。

どのように育つか観察してみる。

5月17日挿し木(約15cm)発根予定は7〜14日後の24日〜31日




「挿して発根まで10日」




「苗の地植え」



芯(頂上)止まりになって伸びて行かない株の場合は、わき芽を取らずに残してメインの茎として育ててもよい。


ハサミの消毒

80℃以上のお湯に5〜10分間熱湯に浸す、または沸騰したお湯に1分以上浸す。

水気を完全に拭き取り自然乾燥。

持ち手が樹脂製のものなどは熱で溶けたり変形しないように注意する。

金属の刃物は高温で熱し過ぎると切れ味が落ちることがあります。

熱湯消毒出来ないハサミは、アルコール消毒やキッチンハイターなどを含ませた布で拭く方法もあります。


ミニトマトの摘果

ミニトマトの摘果は必ず行う必要はありませんが、実の大きさを揃えたい場合や、株の負担を減らして長く収穫するためには有効となります。

果房の先端の小さずる実や、日当たり風通しを悪くしている混み合った実は、消毒したハサミで切り取りします。

基本的にミニトマトは株に栄養が行きやすいとされ、摘果をしなくても十分に育つとされています。

摘果するのは房の先端にある小さ過ぎる実や大きさが極端に違う実を対象とします。


  「赤ライン辺りで切り取る」


果房の先端から3〜5個ほどを目安に取り除きます。

手で無理にちぎり取ると株を傷めてしまうことになるので、必ず消毒したハサミで切り取ります。

晴れた日の午前中に行うことで切り口が早く乾き、病気の予防にもなります。



「房先を切り取らなければ不揃いの大きさになります」

水やりの時間帯

午前中に水を与えておくことで、日中の暑さによる株の消耗や水切れを防ぐことができます。

夕方や夜間に水やりを行うと株が水をあまり吸い上げないため、土が湿った状態が続くことになり、根腐れを起こしたり、病気になる可能性が高くなります。

真夏は気温の上がりきれない早朝に水やりを行うか、できない場合は夕方の涼しい時間帯に行います。

土が湿っている状態(土の表面が黒っぽい色)で毎日水を与え過ぎると、根が呼吸できずに枯れてしまう原因になります。

プランターや鉢の場合は、鉢の底から水が流れ出るくらいたっぷりと与えます。

なるべく雨にあてない。






「花後から色づき始めるまで約1ヶ月」

実が裂ける原因

実が裂ける主な原因は、急激な水分の吸収や強い直射日光、肥料過多(チッ素過多)、急激な温度変化です。

乾燥した状態から雨の降り始めや大量の水やりによって一気に水分。株が吸収すると、果実の成長に果皮の伸びが追いつかずに破裂します。

雨の日は実に直接雨が当たらないように軒下へ移動させるか雨よけをします。

家庭菜園では雨よけ栽培が基本です。

土が極端に乾燥した後に大量の水やりを避ける。

できるだけ一定の水分量を保ち与えるようにする。

完熟し過ぎると裂けやすくなるため少し早めの収穫を行う。

裂けてしまった傷口からカビが生えたり、虫が寄ってくる原因になるので早めに収穫します。

強い直射日光を浴び続けると実が弱り、わずかな水分の吸収でも皮が裂けやすくなります。

昼夜の気温差や高温障害も裂ける原因になる。

肥料や水を与え過ぎると根が浅く張り、水分を過剰に吸収しやすくなります。

更に実の芯が太くなることでヘタの下に弾力のない部分ができて、その部分から裂けやすくなります。

実が色づく時期は水やりを控えめにすると皮が丈夫になり裂果を防げます。

裂果しにくい品種(ミニトマト)

TY千果(ちか)、サマー千果、アイコ、すずなりトマト、ピンキー、キャロルロゼ

ツルボケ対策

ツルボケとはチッ素肥料の与え過ぎや日照不足、水のやり過ぎなどで茎や葉ばかりが異常に茂って、花がつかない、実がならない状態のことです。

栄養が多過ぎる土壌では、植物が成長を優先してしまうので茎や葉ばかりが旺盛になります。

日当たりが悪いと光合成がうまく行われず、間延び(徒長)しやすくなります。

水分が多過ぎても茎葉ばかりが急成長します。

ツルボケの状態は、茎が太く葉の色が濃い緑色をしています。

葉の先が内側にくるんと巻いています。

対策

ツルボケ現象になった場合はなかなか改善は難しいが、追肥を止め、チッ素分を減らすためにわき芽を取らない。

実を付ける方向に栄養を使われる処置を行う。

水やりも土の表面が乾いてから数日待ってから与えるように控えめにする。

上部へ株が伸びすぎている場合は、先端を切る「摘芯」を行って生長を止めます。

大きな株は、株の周りの根切をして吸水量を減らす方法もある。

実の付きをよくするためかに花房をトントンして受粉を促す、又はホルモン剤のトマトトーン剤を花に吹きかける。

トマトトーンは二度掛け厳禁で葉や茎には掛けない。

スプレータイプは希釈する手間がなく便利です。

希釈タイプは濃度を厳守しましょう。

追肥を行う場合は下から1番、2番、そして3番花が咲く頃から始める。

茂り過ぎた株は風通しを良くする。


ミニトマトの追熟

直射日光を避けた15〜25℃の涼しい室内で風通しを良くして行うのが追熟の基本とされます。

30℃以上になると腐敗しやすいとされ、15℃未満だと熟成が止まってしまう。

ザルや浅いトレイに重ならないようにヘタを下向きに並べることで傷みにくくなります。

常温で2〜3日置いておくと自然に赤くなり甘みも増します。

青いミニトマトの追熟は、エチレンガスを出すリンゴやバナナと一緒に袋に入れると更に熟成を早めることができます。

袋の口を軽く閉じて数日置いておきます。

複数のトマトを一緒の袋に入れておくだけでも効果があります。



完熟後の保管

完全に赤くなる前に冷蔵庫に入れると熟成が止まってしまうので、赤くなるまで常温で置いておきます。

乾燥や傷みを防ぐために完熟後は冷蔵庫の野菜室で保存しますが、キッチンペーパーで包み保存袋に入れて保存するとなお良い。

なるべく早めに食べるようにしましょう。











2026/05/13

戦中、戦後も死の商人 No.840

 軍需産業三菱重工業

昔も今も死の商人

三菱重工の創立は明治17年(1884年)と古く、創業者は岩崎彌太郎で、明治17年に政府より長崎造船局を借り受け、長崎造船所と命名して造船事業を本格的に始めました。

岩崎彌太郎は1835年生まれ、坂本龍馬は1836年生まれでほぼ同年代

二人は土佐の田舎で生まれ育った。

幕末という動乱期に長崎で再会し、1867年頃彌太郎は土佐商会の職員として長崎で活動しました。

土佐藩の海援隊(隊長·坂本龍馬)の武器、蒸気船の購入や資金繰りなどを彌太郎は実務面で支えた。

二人の関係性と史実は、直接的で濃厚な親友関係と言うより、土佐藩の組織を通じて繋がっていた関係とされています。


彌太郎の造船事業はのちに三菱造船株式会社に引き継がれ、大きく成長していきます。

昭和9年(1934年)、船舶の他に重機、航空機、鉄道車両を加え、社名を三菱重工株式会社に変えて新しいスタートを切りました。

戦時中、日本最大の軍需生産拠点としてゼロ戦や艦船、戦車、兵器の増産を主導した。

そのため、1944年12月以降、名古屋や長崎の工場を中心に空襲(B29)や被爆に見舞われ、多くの従業員や動員学徒が犠牲となった。

社長であった岩崎小彌太は戦争そのものは本意ではないとしつつも、軍需協力と生活安寧のために努力する姿勢を示していた。

その下で、多くの学生や動員された人々が過酷な労働環境に晒されていた。

しかしその反省もなく、三菱重工業は戦後も一貫して日本の防衛の名の下で、軍需産業の中心的企業として君臨し続けている。


三菱重工業と自民党の利害関係

三菱重工業は自民党の資金団体である「国民政治協会」に対し、献金している企業であり、野党から防衛力強化の政策決定に関与する有識者会議への参加が「利害関係の懸念」として追及されています。


2020〜2022年の各年3300万円を寄付、10年間で約3.3億円に達し、受注額は7年連続の1位となっている。



自民党側への大企業献金額


「出典:日本共産党より」


まるでキックバックの三菱重工と自民党

国の根幹に関わる防衛政策の会議に、その政策で儲ける利害関係者(三菱重工)を入れて多額の発注をし、自民党が政治献金を受け取る、還流している、まるでキックバックだ!!

こういう事が駄目だから企業·団体献金禁止をしようと言っているんですよ!

2024年3月、参議院予算委員会、立憲民主党の辻元清美議員が問題視した。



三菱重工の軍需売上1兆円突破

長射程ミサイル大量受注

三菱重工業は5月12日、2025年度決算を発表し、防衛·宇宙事業の売上収益が1兆1445億円と、初めて1兆円を突破したことがわかりました。

24年度比で38%も増加した。

3年連続で過去最高を更新したのである。


25式地対艦誘導弾など敵基地攻撃に使う長射程ミサイルを大量受注し、収益を押し上げました。



「出典:しんぶん赤旗より


安保3文書に基づく軍事費2倍化が行われる前の22年度と比べ、売上収益は約2.4倍に急増した。

国民の税金が軍需に吸い上げられています。

26年度も売上収益は1兆2500億円へと増収が見込まれています。

25年度の受注額は1兆6826億円と、前年度より約2000億円減少しましたが高止まりしています。

オーストラリアへの「もがみ」型護衛艦の輸出など大型案件を受注しており、26年度も引き続き高水準の受注高を見込むとしています。

受注残高は4兆円を超えており、急激な受注増に生産能力が追いついていません。

そのため引き続き生産設備·人員増強を進めるとし、2023年度時点で約7000人だった人員を、26年度までに1400〜2100人に増やす計画です。

日本の軍需産業企業は防衛力強化名目のもと、死の商人として暴走を続けるだろう。

また、大学が「死の商人」軍需産業企業の協力者となっていく、高市政権の軍産学官複合体構想は、国民生活を圧迫する予算化となり、問題である。

大学での軍事研究の成果が他国の市民を殺すために使われる危険が高まっています。

それは、高市政権が武器輸出を全面解禁し、紛争当事国への殺傷兵器の輸出を可能にしたからである。

高市政権は武器輸出解禁に先立ち、大学での軍事研究加速を盛り込んだ科学技術政策を決定した。

大学は今、「死の商人」の協力者になるのか、大きな分岐点に立たされている。












2026/05/06

自然に自生するケシの花 No.839

 アツミゲシ(セティゲルム種)

アツミゲシは地中海沿岸原産の帰化植物でケシ科ケシ属の一年草

和名は1962年に愛知県渥美半島の沿岸部において、日本への帰化が発見されたことに由来する。

近年、アツミゲシの繁殖が自然界で多く確認されている。

アツミゲシはケシやハカマオニゲシと同様に許可のない栽培や所持、譲受などが「アヘン法」で禁じられている植物です。


アツミゲシは繁殖力が強く、空き地や道端に雑草として自生していることがあります。

アツミゲシは、麻薬の原料となるモルヒネを含有しているため、日本では栽培等が禁止されています。



「アツミゲシの紫花、栽培禁止植物」





「アツミゲシの赤花、栽培禁止植物」



ケシ(ソムニフェルム種)の栽培歴史は古く、紀元前500年頃と考えられています。

日本のケシは英語のポピーと同義とされるが、ポピーと言えばイギリス各地に自生する園芸種として栽培されている「ヒナゲシ」コーン·ポピーを指します。

芥子(けし)と言う表記は本来、「カラシナ」を指す言葉であるが、ケシの種子とカラシナの種子がよく似ていることから、室町時代中期に誤用されてさ定着したものとされています。

日本ではオピウム·ポピーなど、オピウム産生植物はアヘン法で栽培が禁止されている種に指定され、オピウムはアヘン、麻薬と言う意味である。

日本へは室町時代にポルトガル人により、インドから薬用として津軽地方に伝来したとされ、江戸時代には「一粒金丹(いちりゅうきんたん)」などの腹痛、下痢止め薬として重宝されていました。


同様に栽培が禁止されているハカマオニゲシ(グラクテアツム種)は多年草で、植物体の乳汁中に高濃度の麻薬性のケシアヘンアルカロイド、テバインを含むため、日本では麻薬及び向精神薬取締法により原則栽培が禁止されています。

オニゲシは栽培可能であるがハカマオニゲシに非常によく似ています。




「ハカマオニゲシ、栽培禁止植物」

オニゲシとハカマオニゲシの違い

つぼみの毛の向きと花の根元にあるハカマ(苞葉)の枚数が違う。

オニゲシにはハカマは通常なし、または1〜2枚、ハカマオニゲシには花の下に4〜6枚のハカマがしっかり付いています。

オニゲシには黒斑点がない、または薄い場合があり、ハカマオニゲシは花びらの基部に明確な黒紫の斑点があり、鮮やかな深紅(赤)色の花の色のみです。

オニゲシには、赤、オレンジ、白、ピンクなど多くの花の色があります。

オニゲシの葉は鮮やかな緑色でつぼみの毛は直立しているが、ハカマオニゲシの葉は黄緑色で幅が広く全体に毛が多く、つぼみは寝伏している。

ハカマは花と花の集まりの基部にある葉が特殊に変化した部分であり、主につぼみを保護する役割を持ち、成長すると落ちるものが多い。

ポインセチアやハナミズキ、ブーゲンビリアのように花弁のようにか色づいて虫を呼び寄せる役割を持つ植物も多い。


アツミゲシは4月から6月頃に開花し、成熟した「ケシ坊主」と呼ばれる果実が約1㌢ほどの小さな種子を大量に周囲散布します。

非常に軽い種子は風に飛ばされたり、雨水で流されたりすることで遠くまで運ばれ繁殖します。

また、動物や人間が移動する際、靴の裏やタイヤに付着して運ばれることも多い。

アツミゲシは国の独占管理植物です。


繁殖群生地を見かけたら採取や抜き取ったりせず、各地方厚生局麻薬取締部や保健所、または警察署へ連絡することが重要です。

保健所や警察署に於いては、学名の種小名に由来する「セティゲルム種」と呼ばれることが多い。


同じくケシ科の植物にナガミヒナゲシがある。


ナガミヒナゲシは禁止植物に指定されていないが「アルカロイド性」の有害物質が含まれているため、素手で茎を触ったり、折ったりするとかぶれてしまうので注意が必要です。

指が水膨れ状態になりなかなか治りません。




「ナガミヒナゲシ」



ナガミヒナゲシ種は、空き地や道端、住宅の庭などあらゆる場所に多く自生し、繁殖力が強い。

参照ブログ
ナガミヒナゲシNo.687















2026/05/02

国是を無視した政権自民党 No.838

 死の商人産業国家

国是とする武器三原則を無視し、殺傷能力のある武器を輸出しなければ経済成長できないと閣議決定してしまった高市政権。

憲法改悪案も無視できない。

平和憲法を改悪し、国民主権を破壊する戦後最も横暴で危険な独裁的政権により、国会軽視の下無法政権の暴走が始まった。

他国は様変わりする日本の体制に注視する必要がある。

侵略戦争の反省も謝罪もしない日本の姿が今一番強く示されている。

帝国軍人の血が引き継がれた輩によって、再び紛争、戦争を望んでいる。

安全保障された憲法を改悪しようとしている輩たちによって、日本は再び危険な道に進もうとしている。

それは米国従属の下、都合のよい解釈を行い無法に始まって行くだろう。


武器輸出三原則(1967〜2014年)の定義は、1967年4月に佐藤栄作首相が表明し、1976年に三木武夫内閣が「その他の地域」への輸出も慎むと表明し、事実上全面的に武器輸出を禁止しました。

武器輸出を認めない対象となった3つの地域は、共産圏諸国向けの場合と国連の決議により武器等の輸出が禁止されている国向けの場合や、国際紛争の当事国又はそのおそれのある国向けの場合とされ、平和国家としての日本の立場を堅持し、国際紛争を助長することを回避する憲法9条の理念に基づく「国是」として運用されていました。

ところが2014年に「防衛装備移転三原則」へ転換され、その後殺傷武器の完成品輸出も一部解禁されました。

従来の武器輸出三原則を2014年4月に撤廃したのは安倍晋三内閣であり、防衛装備移転三原則を制定した内閣でもある。

2023〜2024年の岸田内閣が防衛装備移転三原則の運用指針を改定し、殺傷能力のある武器の完成品について、ライセンス元への輸出や、共同開発への直接輸出を解禁した。

武器輸出三原則は、「事実上の武器輸出禁止」を目的としていたのに対し、防衛装備移転三原則は、「厳格な審査のもとでの限定的な輸出解禁」を目的としているが、厳格な審査を誰が行えるのか?

内閣の意向でいかようにでもなるのではないだろうか。


新三原則(防衛装備移転)では、ライセンス生産している装備品の完成品輸出が、米国などのライセンス元へ可能となった。

この変更により、日本は防衛産業(死の商人)の強化と言う名目で、同盟国、同志国との連携を深める方針へ大きく転換しました。

これにより、戦闘機や護衛艦などほぼ全ての防衛装備品の輸出が可能となり、戦後平和主義の大きな転換点となった。


殺傷能力武器輸出で経済成長しかない落ちぶれた日本の未来か!

殺傷武器の輸出解禁により、日本の平和国家としての理念が失われる。

輸出案件は国会への「事後報告」となるため、歯止めがきかないものとなる。


国民主権無視の暴走高市政権の姿だろう。


日本弁護士連合会や市民団体は、武器輸出の拡大が憲法9条が揚げる恒久平和主義や国際紛争の助長禁止に違反すると反発しています。

憲法9条改正を狙う高市内閣により、平和憲法が破壊されようとしている、

自民党政権は防衛産業製造に伴う利権として大企業から献金を受け取る公算である。

防衛予算は国民から吸い上げ、経済成長でも国民に還元されることはありません。

誰たちのための経済発展か。

国民主権を認めない高市政権によって憲法9条が削除され、平和国家を投げ捨てようとしている。

国際法も理解しない戦争国家アメリカトランプ大統領に従属する高市政権によって、日本は再び危険な道を暴走する可能性がある。


そもそも安保条約は憲法違反であり、都合のいいように正当化した条約である!




5月3日、憲法記念日に東京臨海広域防災公園に集まった五万人の人々。

日本国憲法施行79周年、憲法守り生かそうという行動が全国各地で取り組まれました。

憲法改悪絶対反対!

憲法守れと声をあげました。

戦争する国家として進んでいる日本!

憲法は国家、権力のためにあるという高市首相は、そもそも憲法を厳守しなければならない立場を理解しない、反逆者である。

憲法はアメリカから押し付けられたものだとして、日本独自の憲法が必要だと都合のいい解釈をしているが、そのアメリカに一番従属しているのが自民党そのものである。

始めから憲法を厳守する気がないのである。

そんな者が国会議員として存在する日本の政権である。

それが異常とも思わない支持者、自民党は国民主権を否定する政党である。

国民に主権があるのは間違いと言っている政党である。

憲法無視は当然のような政党なのです。

そして、日本国憲法をいち早く破壊しようとしているのが現在の高市首相その者なのです。










2026/03/16

日本の経済産業の変換 No.837

 防衛力名目の経済産業変換

戦争しながら発展する経済への転換

現、高市政権は、国是である非核三原則の「核兵器を持たず、作らず、持ち込ませず」を撤廃し、核兵器を保有する狙いがある。

核兵器廃絶の先頭にも立たない被爆国としての逆行である。


出典:日本共産党より


日本の大企業は軍需産業で経済発展しようと動き出している。

財界の意のままに改定がなされ、政治そのものが意味をなさなくなる。

大企業の死の商人化である。

アメリカ型の経済産業発展と言えるだろう。

国民の生活は困窮をさらに極めていくだろう。

ある一定の国民以外は軍需産業に伴う経済発展下では、なんの恩恵も還元も受けない。

経済を牛耳る層に属しない国民は、財源となる税金を搾り取られるだけの操られた奴隷でしかありません。




「1990〜2024年度」

出典:日本共産党より



「2000〜2026年度」

出典ま:日本共産党より

どんどん増えていく軍事費。



貧困層国民は、見捨てられた存在となって行くことは間違いありません。

武器輸出三原則

武器輸出三原則は、1967年に佐藤栄作内閣が表明した共産圏、国連決議で禁止された国、国際紛争の当事国への武器輸出を原則禁止する政策で、1976年には三木武夫内閣が、他の地域への輸出も慎むとしたため、実質的に全面禁止の形となった、日本の安全保障政策の根幹でした。

ところが2014年、安倍晋三内閣は従来の「武器輸出三原則」を廃止し、新たな指針である「防衛装備移転三原則」を制定しました。

これにより、国際協力や防衛装備品の共同開発などを目的に限定的な条件下で武器の輸出が可能となった。

2026年現在、自民党は防衛装備移転三原則の軍用指針を見直し、「殺傷能力のある武器を含む完成品」の輸出を原則容認する方針であり、従来の救難、輸送、警戒、監視、掃海に限定したルール(5類型)を撤廃し、イギリス、イタリアと共同開発中の「次期戦闘機」について第三国輸出のルールを見直し、閣議決定を不要とする案を検討している。


この流れから考えても、将来的に邪魔になるものは撤廃し、際限なく武器輸出が可能になっていくことが伺えます。

アメリカ型の経済産業、軍需産業で経済発展と言う構図が見えてくるのではないだろうか。


今、米トランプ大統領によって戦争する国へと仕立て上げられているのがドイツです。

かつてヨーロッパは平和な国々でしたが、戦争によってズタズタになってしまった歴史があります。

今、再びドイツが戦争と言う考え方に傾き始めている。

アメリカが他国の核開発、保有に強く干渉するのは武力行使、戦争をしかけられる国が少なくなるからであり、対等の核保有を阻止したいと言う狙いがある。


つまり、核保有同士の国では紛争を起こすことが難しくなると言う結果も見えています。

威嚇や脅しが有ったとしても、紛争になることを躊躇する傾向がある。

それは、核戦争に発展すれば、地球そのものが終わってしまうことを核保有国は知っているからです。

北朝鮮がなぜ核保有したいのかと言う理由に一番当てはまる事です。

それが間違ってるのかは誰も証明できない。

それは、持っているものしか核戦争は起こせないからです。

いざ軍事国となれば、核開発、核保有を目指す国になるのはむしろ自然となることだろう。


核保有国が核兵器を無くすことを優先しない限り、核開発、核保有問題は解決することはありません。


これからの計画準備(今後の追記)

アメリカと石油の共同備蓄、共同利用、売却、日本列島の備蓄基地の増設

原油開発










2026/03/08

消費税は一般財源 No.836

 社会保障財源とされる消費税の嘘


消費税は年金、医療、介護、少子化の社会保障4経費の財源とされ、残りの約1割が地方自治体の行政サービス(教育、インフラ整備など)に使われているとされている。

消費税は、一般財源で特定の目的以外にも使える税金として国庫に入るため、法人税や所得税の減税、あるいは借金の返済など他の歳出に融通されているという見方がある。

つまりこのお金には色がついていない。

「消費税は全額社会保障に使われる」と歴代自民党政権は宣伝してきました。

消費税法第一条2項には、「消費税は医療費及び介護の社会保障給付、並びに少子化に対処するための施策に要する経費に充てるものとする」と書いてあります。

この条文は2012年8月、野田民主党政権下に書き加えられたもので、当時の民主党は消費税の税率を5%から10%に引き上げようとしており、国民を納得させようとしてこんな条文を書き加えたのです。


だが、これほどおかしな条文はありません。

なぜなら、消費税は社会保障に限定して使われる目的税ではなく、法人税、所得税、酒税などと一緒に「一般財源」として使われているからです。

その証拠は政府自身が毎年発表する「一般会計予算歳出、歳入の構成」をみれば一目瞭然である。




「一般会計歳出」

「一般会計歳入」


出典:財務省財政に関する資料より



消費税は社会保障費だけに使われておらず、防衛関係費、公共事業費、国債費等々にも使われているのです。

消費税は、「全額社会保障に使われている」と言う主張は嘘八百だと言うことが分かります。

それでも歴代政権は、「消費税を減税したら年金が下がる」などと宣伝してきました。

その宣伝を信じる国民の中には、「消費税がないと社会保障が維持できないのではないか」と言う人が沢山います。

消費税が社会保障予算の全てを賄ったことは導入後一度もありません。

消費税が無くても法人税、所得税、相続税、酒税、たばこ税など他の税収を引き上げれば、社会保障予算を賄えるということです。




「表1」


しかし、消費税増税もしながら、その他の税も増税されているのが事実だろう。



社会保障給付を支える主要な財源は国民負担の社会保険料

年金、医療、介護など、国民に対する社会保障給付の財源は、国民が払う社会保険料と国、地方自治体が払う公費で賄われている。

消費税は公費負担のうち、国が払う分の一部を占めているに過ぎない。



「表示2」



消費税が増税されても社会保障給付に充てられず、増えた給付を賄っているのは国民の社会保険料などの負担増と過去に蓄えた余剰金です。

つまり、消費税が増税されても社会保障給付に回らない、国民の負担増によって賄われた事を「表2」は示しています。

では、消費税で増えた税収はどこに消えたのか?

その大半は、大企業法人税の減税と所得税(金融資産)の減税に消えたと言ってよいでしょう。

金融資産とは、現金、預貯金、株式、債券、投資信託など、それ自体が価値を持ち、容易に現金化できる財産のことで、主に金融機関を通して取引される無形資産(権利)を指します。



現政権下では、仮に消費税を増税しても社会保障給付に回りません。

従って、「増税しないと社会保障費は賄えない、少子化対策には広く国民全体が負担する消費税増税が良い」という主張は誤った主張です。




消費税を一般財源に組み込むことで、「何にでも使える税収」にしているのです。