ヘルムート·ヒューべナー
第二次世界大戦中のドイツ·ハンブルグ出身の少年レジスタンス活動家
1925年1月8日生まれ、1942年10月27日没(享年17歳)
末日聖徒イエス・キリスト教会(LDS/モルモン教)の会員
所属していた教会からは1948年に破門が取り消され、名誉回復がなされた。
父は厳格なナチス党員だった。
1941年、当時わずか16歳だったヘルムートは、隠し持っていたラジオで英国(BBCなど)の短波放送を密かに聴き、ホロコーストや戦争の実態を知りました。
ヘルムートはナチス政府のプロパガンダの嘘を暴くためのビラ(リーフレット)をタイプライターで驚きや憤りを言葉にし、無数の小さなビラを作りました。
「自由のない国を知っているか」…ヒトラーのドイツのことだ!!
彼らは恐怖で国民を操り人形にしている。
文才を生かし、市役所の禁書庫に忍び込んで閲覧したシェークスピア(イングランド·劇作家·詩人)やトーマス·マン(ドイツ·小説家·評論家)の言葉を散りばめたビラは、高い知性で読む者の心を揺さぶった。
「地獄は空っぽだ」「すべての悪魔がここにいる」(シェークスピア)、ヘルムートはこの言葉を使って、「本物の地獄や悪魔(ナチスやヒトラー)はあの世ではなく、今まさにこのドイツの街に存在している」という強烈な告発としてビラに記しました。
10代の少年3人が夜隠(やいん)に紛れてビラを撒いた。
その際、怖気づく仲間にかけるのは賛美歌の一節「正しくあれ」と力強く励ました。
賛美歌452番、「正しく清くあらまし」
I would be True
正しく清くあらまし為(な)すべき務めあれば雄々(おお)しく強くあらまし
負うべき重荷あれば負うべき重荷あれば
1941年、ドイツは戦争で優勢な時期でしたが、ヘルムートはすでに敗北を予測していました。
入手できる情報で最高のビラを作り、真実の力で独裁に立ち向かった。
1942年2月5日に密告によりゲシュタポ(秘密国家警察)に逮捕される。
捜査の手が延び、ビラを徹底的に分析した国家警察はヘルムートの存在を突き止めていた。
一緒に連行された恋人を拷問から救うため、仲間の名前を心ならず自白した。
捜査官はビラの美文を16歳の少年が書いたと信じられず、仲間が首謀者だと考えますが、ヘルムートは全て自分が主導したと主張します。
ヘルムートを取り調べた捜査官も拷問などに手を染める一方で、家庭では愛情のある父親であり、夫だったという記録が残されています。
それらを含めて人間であり、また人間が間違いを犯すのです。
それが戦争というものである。
1942年8月11日、ベルリンの「人民法廷」にて未成年であるにも関わらず成人として、国家反逆罪の判決を受けた。
同年10月27日、ベルリン·プレッツェンゼー刑務所でギロチン(斬首)により処刑された。
間違いを見たとき、あなたは立ち上がることができますか?
彼の問いや行動は普遍的なものです。
ヘルムートは1942年に、わずか17歳という若さで処刑されましたが、ナチスに抵抗した最年少の英雄の一人として歴史に名を残しています。
ドイツ、ナチスヒトラーに習えと言う副総理がいる高市政権は危険である。
高市政権は軍拡に前のめりの政権である。
政権批判をする国民を容赦なく弾圧、排除する可能性がないとは言えない。
後書き
ヘルムートが生まれた38年後の昭和38年(1963年)1月8日に生まれた小生である。
ヘルムートと同じ誕生日に驚きを覚えた。
この事実を知った時なぜだか泣けてきた。
何かしらの導きがあったのだろう。
ヘルムートのことを少しでも記せたことは良かったと思う。

0 件のコメント:
コメントを投稿