薬剤の形と分類と役割
植物を病害虫から守る重要な事は、植物を丈夫に育てることです。
特に樹木の場合は、農作物の栽培などとは違って、薬剤の積極的な使用はなるべく避けたいところであり、薬剤に頼らない防除を基本にしながら、薬剤は合理的に使用したいものです。
薬剤防除が必要なケースとしては、害虫の異常発生が起こり、大きな被害が予想されるときや実害がそれほどなくても、著しく時間を損なうときや観賞価値を落としてしまうとき、また幼苗期から育成期にかけての防除として使用する場合などがあげられます。
薬剤には乳剤や液剤、水和剤などの様々な形態のものがあります。
同じ種類の薬剤でも形態によって使い方が違ってきますので、十分な注意が必要となります。
《乳剤》
有効成分を石油類などの有機溶媒に溶かし、そこに乳化剤が加えられています。
使用方法として、有効成分は高濃度であるため、水で薄めて使用します。
水を加えると白く濁るのが特徴です。
《液剤》
有効成分を水に馴染みやすい溶液に溶かしてあります。
使用方法として、水で溶かして使用します。
水に溶かしても白く濁りません。
《水和剤》
有効成分は石の細かい粉(タルク)などに吸着させてあります。
使用方法として、水で薄めて使います。
有効成分は高濃度で粒状ですので粒剤と間違わないようにします。
《水溶剤》
薬剤そのものが水に溶けやすい性質です。
使用方法として、そのまま水に薄めて使います。
《粉剤》
薬剤はタルクなどの粉末で増量しています。
使用方法として、そのまま散布します。
有効成分は低くなっています。
《粒剤》
有効成分は鉱物粉末に吸着させて粒状にしてあります。
使用方法として、土壌に与えるものに多く見られる薬剤です。
《油剤》
有効成分を油性溶媒に溶かしてあります。
使用方法として、そのまま使います。
薬剤は使用目的により大きく4つに分けられる
①殺菌剤
病原菌の殺菌や予防、病気の治療に使います。
②殺虫剤
害虫の駆除に使います。
③除草剤
農家が除草を目的に使う強い薬剤です。
薬剤の乱用によって、環境への影響が危惧されている。
④生理活性剤
ケミカルコントロールに使う薬剤です。
薬剤で植物の生理作用をコントロールすることをケミカルコントロールという。
植物の成長過程で重要な働きをする植物ホルモンは、植物が自分で作り出すもので、これとよく似た作用を持つ植物成長調整剤を使うと、植物の生理作用を人工的に進ませたり、抑えたりできます。
なお、植物はどの植物にも同じような作用をするわけではありません。
植物によって、目的が同じでも薬剤が違う場合もあり、また、薬剤が同じでも植物や使う時期によって様々な作用が現れます。
ケミカルコントロールで使う調整剤
《生育促進剤》植物ホルモン剤
植物を早く生育させたい、または、早く大きくしたいときに「ジベレリン」を使うと、生育促進、伸長促進などの効果があります。
ジベレリンは、ブドウの「タネなし化」などにも使われています。
ジベレリンは、植物細胞そのものを大きくするので、植物が軟弱に育ってしまう傾向があります。
使用するときは、施肥などの栽培管理に注意が必要です。
《伸長抑制剤》
植物を大きくしたくない、コンパクトに育てたいときに「アンチジベレリン」矮化(わいか)剤を使います。
植物の細胞が小さくなり、葉と葉の茎を短縮させるので、ボリューム感のある姿にします。
また、伸長が抑えられた結果、抵抗力が付く場合もあります。
シャクナゲやツツジに使うと花芽の数が増えます。
《発根促進剤》
挿し木やさや挿し芽の発根を促進させます。
挿し木や挿し芽の切り口に薬剤をつけ、さし床に挿すだけのことで、根の数が多くなるといった効果があります。
良い苗ができるので順調な生育が可能になります。
《着果促進剤》
落果を防止する効果があります。
イチゴやグミにはジベレリン、メロンやスイカにはベンジルアミノプリン剤が着果の促進剤となります。
《開花促進剤》
花を早く咲かせたい、多く咲かせたい、花を大きくしたいときに使います。
開花促進に使うときは、つぼみを確認してから使用するのがポイントです。
つぼみのできる直前に使ってしまうと、花芽が無くなる心配があります。
ツバキにジベレリンを使うと花を大きくすることができます。
✿殺菌剤はその効果により、予防薬(予防殺菌剤)と治療薬(直接殺菌剤)との2つに分けられます。
病気を予防、治療するための殺菌剤
《直接殺菌剤》
病原菌や菌糸に直接作用して殺してしまう薬剤です。
病害予防の要とも言われる薬剤で、発病後できる限り発病初期に使用します。
殺菌剤には両方の効果を持つものが多くありますが、予防と治療は分けて考え、計画的に薬剤を使用しなければならないのは当然のことです。
ベノミル剤、チオファネートメチル剤、オキシカルボキシン剤、トリホリン剤、ポリオキシン剤などはこれに属します。
病害に応じた適切な薬剤を選び、発病の初期に使うとかなりの効果が期待できます。
《予防殺菌剤》
病原菌の侵入や伝染を防ぐ薬剤です。
病気の多くは植物の気孔(きこう)や害虫がつけた傷口から侵入するので、発病前から散布しておけば予防効果が期待できます。
ジネブ剤、マンネブ剤、マンゼブ剤、銅水和剤、キャプタン剤などがこのグループになります。
予防を目的とする薬剤なので、発病後に散布を行ってもそれ以前に侵入した病原菌にはあまり効果がありません。
発病しやすい時期の少し前から散布することが重要です。
《その他の殺菌剤》
ガス化して土壌中の病害虫を殺すガス剤(くん蒸剤)、幹にできた傷口に塗って秒巣の進展を防止する塗布剤などがあります。
殺菌塗布剤=トップジンМペースト、トップジンМオイルペーストなど
《抗菌剤》(農業用抗生物質)
微生物の抗菌作用を利用して、菌で菌を防除する薬剤です。
ストレプトマイシン剤、ポリオキシン剤、バリダマイシン剤、カスガマイシン剤などがあります。
特定の病気には特効薬となる薬剤となります。
植物の病原の8割はカビの仲間です。
残りの2割はほぼバクテリア(細菌)とウイルスで占められています。
殺菌剤の大半はカビを病原の対象とするものであり、バクテリアやウイルスに有効なものはあまり多くありませんが、バクテリアを対象とする薬剤としては抗菌剤があります。
これは、人間の病気に用いられる抗生物質を植物用に応用したものです。
ウイルスに有効な治療薬は現在ありません。
予防薬としての抗ウイルス剤はあるが、昆虫による伝染を防ぐことはできません。
害虫を駆除するための殺虫剤
殺虫剤はその効果により、大きく3つに分けられます。
①食毒性殺虫剤=消化中毒剤
葉や茎に付着した薬剤により食毒死させる。
植物の茎や葉についた薬剤を害虫が食べると、食中毒を起こして死んでしまうという薬剤です。
表面に薬剤の付着した葉や茎を害虫がかじって、薬剤が体内に取り込まれると、消化管の中で効果を発揮します。
そのため、毛虫やイモムシなどのそしゃく性口器(こうき)を持つ害虫には有効です。
しかし、吸収性口器を持つ害虫、アブラムシ類、カメムシ、ハダニ類などには効果がありません。
②接触毒殺虫剤=虫の体に直接付着させて中毒死させます。
薬剤が虫の体に直接つかないと効果がないものに、除虫菊剤、硫酸ニコチン、DDVP剤(劇物)があります。
多くの有機リン剤(オルトラン)やカーバメート系(デナポン水和剤など)の殺虫剤は、茎や葉についた薬剤の上を害虫が這っても有効なので、飛来しては食害する害虫にも使えます。
しかし、この薬剤はハマキムシ類や虫こぶを作る害虫、穿孔性(せんこうせい)害虫にはほとんど効果がありません。
③浸透移行性殺虫剤=薬剤を植物体内に浸透させ食毒死させる。
薬剤な有効成分が葉や茎から植物体内に浸透し、植物全体に行き渡るので、食害する害虫を中毒死されます。
エストックス、キルバール、アンチオ、ジメトエートなどの薬剤があります。
小型の吸収性害虫に効果がありますが、食葉性害虫には孵化(ふか)直後のイモムシやケムシにしか効きません。
《ガス剤》
有効成分が散布後に揮発してガス化し、このガスを吸った害虫が中毒死します。
《その他の殺虫剤》
特定の害虫を対象とした専用剤の殺ダニ剤や殺ナメクジ剤等がある。
トリモチを応用したハエ取り紙のような粘着剤もある。
カミキリムシ類の産卵を防止する樹幹塗布剤(アルバリンなど)などがあります。
◉薬剤の使用濃度
薬剤の多くは取り扱いの都合上、高い濃度のままで市販されているので、そのまま使ってはいけません。
❉薬剤は決められた濃度になるように必ず水で薄めて使います。
その場合、風呂の残り水や洗濯のすすぎ水といった生活用水、海水、腐敗水などを使うことは薬害の原因となります。
必ず新しい水で薄めるようにしましょう。
使用濃度は薬剤の容器のラベルに記載されていますが、ほとんどの場合1000〜2000倍と広い範囲が示されています。
これは低い濃度、この場合なら2000倍が低い濃度になりますが、2000倍に合わせても十分に効果があり、高い濃度の1000倍でも薬害が出ないことを示しています。
殺菌剤は薄めにして、葉の裏まで満遍なく散布します。
殺虫剤は少し濃くして、害虫に集中的に散布することが理想的です。
薬剤の薄め方
『乳剤、液剤の場合』
①バケツや噴霧器のタンクなどに水を正確に計量して入れます。
容量がはっきりわかるもの、計量器がない場合などは、牛乳パックやビールびんなどを利用すると良いでしょう。
基本的には、注射器やメスシリンダーなどで計量したいものです。
②薬剤を計量したら水に加えて棒などでよくかき混ぜます。
『水和剤、水溶剤の場合』
水和剤や水溶剤は、水に溶けにくいので、少量の水を徐々に溶かしていきます。
最初から大量の水に入れるとよく混ぜたつもりでも、上側と下側では濃度がまるで違ったものになります。
混ざりが悪いと上側の溶液は効果がなく、下側の溶液では濃度が高くなって薬害を起こす原因となります。
水和剤はそのまま水の中に入れてかき混ぜても、なかなか溶けません。
①水を正確に計量し、バケツやカップに入れます。
②小さな容器に正確に計量した薬剤を入れ、少量の水を加えながらかき混ぜます。
このときに展着剤も加えます。
十分にかき混ぜながら水を加え、薬剤がよく混ざったら水に入れてよくかき混ぜます。
❉また、乳剤には展着剤は必要ありませんが、その他の薬剤には最後に加えるようにします。
❴薬剤の混用❵
病気と害虫は同時に発生することが多いので、2種類以上の薬剤を混ぜて使用することがあります。
この場合、相性の悪い薬剤を混ぜて使うと効果が落ちるだけではなく、薬害が出たり人肉毒性が高くなることがあります。
混ぜてはいけない組み合わせを、ラベル表示で確認する必要があります。
石灰硫黄合剤とマシン油乳剤(機械油乳剤)は単用した方が安全です。
なお、殺虫剤のスミチオンやマラソンと殺菌剤のジネブ剤、TPN剤(ダニコール)は混用しても差し支えありません。
また、混用の組み合わせは水和剤なら水和剤というように同じ形態の薬剤同士にします。
❴薬剤散布の基本❵
《乳剤、液剤、水和剤、水溶剤の散布》
薬液が細かい霧状になるように、噴霧器を使って散布します。
病原菌の多くは葉の裏にある気孔から侵入します。
アブラムシやハダニ、アザミウマなどは葉の裏で活動することが多い害虫です。
従って、薬液をうまく葉の裏に散布、付着されることが重要となります。
噴霧器の噴射口を上向きにして、下から霧を吹き上げるように散布します。
薬剤を散布したとき、葉先から薬液がポタポタ落ちるようではかけ過ぎで、かえって薬剤が付着しません。
噴射口を植物から30〜50㌢程度離して散布しましょう。
《粉剤、粒剤の散布》
粉剤をまく散粉剤器を使用して散布しますが、薬剤をガーゼで包み、棒で軽く叩くようにしても散布できます。
やりすぎると薬害を起こす原因となるので、薄っすらと霜が降りた程度を目安にします。
《散布の注意点》
日中の好天気に薬剤散布を行うと、物理的にも科学的にも薬害が起こりやすくなります。
できるだけ散布は曇りの日や夕方に行うようにします。
病原菌は雨が降ると拡散するものが多いので、雨のすぐ後に散布するか、翌日には雨の降りそうな日に行なうと良いでしょう。
風のない日なら最適です。
薬剤は散布後30分でだいたい乾いてしまうので、散布した夜に雨が降っても、散布をやり直す必要はありません。
散布を行うとときは、風向きをよくみて、常に風下に進むように、風上から散布を始めます。
また、散布中に器具が故障してもゴム手袋やマスクをしたままで、調整、修理を行うようにしましょう。
散布中の飲食や喫煙は厳禁です。
散布後の注意点
使った器具やゴム手袋、マスクなどはよく洗います。
桶などに水を汲んで洗い、水は土の中に流して処理し、また、残った薬液も穴を掘って流し込んで処理します。
薬液を下水溝や川に流すと、その流入によって魚が死ぬこともあります。
また、使い残しの薬液の保存はできません。
薬剤は冷暗所で保管し、低毒性の薬剤であっても鍵のかかる薬剤専用の保管箱で、きちんと管理する必要があります。
散布面積と薬液の分量 (1㎡当たりの分量)
散布する植物 /薬液の目安
1m以下の草花類、野菜類 /100cc程度
1m以上の草花類、野菜類 /200cc程度
丈の低い庭木類 /100〜200cc程度
2m程度までの庭木類 /3〜5リットル程度
長さ1m程度の垣根 /5リットル程度
どんな植物でも粉剤は2〜3㌘
どんな植物でも粒剤は4〜6㌘
鉢物なら粒剤は1株当たり1〜2㌘
知っておきたい薬剤の毒性
薬剤は法律(農薬取締法)によって、特定毒物、毒物、劇物、普通物の4種類に分けられます。
毒物はは劇物より強い毒性
普通物以外は自由な売買が制限されていて、毒物と劇物は鍵のかかる保管場所に入れることが義務付けられている。
特定毒物は個人で使うことはできない薬剤です。
殺菌剤のトリアジン(普通物)などが皮膚につくと、酷くかぶれることがあります。
ジネブ剤(普通物)やマンネブ剤(普通物)でもかぶれることがあります。
原液や原体を扱うときや、また薬剤の保管にあたっても細心の注意を払うようにすることが重要です。
《薬害》
薬剤散布をしたあと数日して、葉が赤く枯れたり、ひどい場合には全部葉が落ちてしまうことがあります。
この症状が薬害ですが、薬剤散布が無駄になるだけではなく、植物を傷めてしまう結果となります。
薬害は濃度調整のミスなどの人為的原因で起きますが、因果関係がよくわからない場合もたくさんあります。
その大部分は植物の生理状態、天候、温度などに原因があるとされています。
樹木の薬害については、野菜類に比べると解明が進んでいないと言うのが現状です。
長雨なあとや高温のときには、薬剤の規定濃度の上限で散布したほうが安全です。
規定濃度が1000〜1500倍なら、1500倍に薄めて散布しましょう。